*タイトルにひかれて
最近は、自分の寿命を気にするようになってきているせいか、本書のタイトルにひかれて手に取ってみた。
枯れた雰囲気の本かなあと思っていたら、そんなことはなくて、元気がよすぎるくらいの文体で綴られている。けっこうな辛口批評がある。
でも、主張内容は、わりとオーソドックスで、古典を読もうということらしい。これは正論である。


*古典のすすめ
古典のすすめといえば、いろいろあるだろうけれども、自分がはじめに思い浮かべるのは、ベネットの『文学趣味 その養成法』かなあ……。ずいぶん前に、古い岩波文庫で読んだことがある。その内容は、ちょっとおぼろげになってはいるけれども、まずは古典を読むことで、よい趣味を形成しようというものだったように思う。今、手元にないので確認できないのがつらいところである。
古典というものは、箱入りの世界文学全集をみれば、やや敷居が高く感じることはあるかもしれない。文学全集が並んだ書架の前に立てば、圧迫感がないこともない。手に取ってみればズシリと重い。もし足の上に落としたら、飛び上がるくらいに痛かろう。三冊持ったら鞄はいっぱいだ。それを抱えて、一時間電車に揺られるとしたら、かなりの苦行である。でもそんな古典であっても、実際に読んでみれば、どれもなかなかにおもしろいものだ。新刊書のように、アタリ、ハズレのぶれが少ないのもうれしい。
○○全集に入っているような作品、たとえば、「アンナ・カレーニナ」「デミアン」「赤と黒」「高慢と偏見」「ボヴァリー夫人」「罪と罰」「ジャン・クリストフ」「怒りの葡萄」「レ・ミゼラブル」「風と共に去りぬ」「ジェーン・エア」といったものは、どれもおもしろい。あっ、でも正直なことをいうと、「罪と罰」は事件が起きるまで……はじめの百ページくらいは退屈したのだった。「怒りの葡萄」は読もうと思っても、冒頭の干ばつの場面で何回も挫折したりした。でもそういうところを越えれば、ジェットコースター並みのスリルとおもしろさだった。物語がはっきりしているものは、大体そういう場合が多い。
趣味を養うとか、そういうことではなく、単におもしろさのためだけでも、古典は別格であると思う。


*とりかえしのつかない人
話を戻すと、本書を読んでいて、一番にはっとさせられたのは次の箇所だった。

「とりかえしのつかない人」は自分の主張に近い本しか読みません。
(『死ぬ前に後悔しない読書術』適菜収著、KKベストセラーズ、2016年、p.34)

自分は、唯物論、無神論、左翼……といった系統はあまりすきではなかった。義務として、「共産党宣言」のような薄い本にざっと目を通したくらいで、ほかは読まなかった。まさに自分は、とりかえしのつかない人だったようである。
もっとも最近は、進化論、無神論に興味が出てきているので、その方面の本は読んだりはする。ただそれでも、何かの拍子にふと、「読まず嫌いして失敗した」と後悔することがある。
でも見方を変えれば、死ぬ前にそれに気が付くことが出来てよかったともいえるだろうし、まあいいかな。


*人付き合い
これも、ハッとさせられる言葉である。

ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ(一八四四~一九〇〇年)は、若者を確実に堕落させる方法があると言いました。それは、違う思想をもつ者よりも同じ思想をもつ者を尊重するように指導することであると。
(同上、p.35)

考えてみれば、私は、ニーチェも避けていたのだった。その理由はといえば、自分が以前、信じていた宗教で、ニーチェは間違った思想を説いて地獄に墜ちたとしていたからである。一言でいえば、読まない方がいい本とされていた。だから読まなかった。
でも、いろいろな本を読んでいれば、さまざまなところで、ニーチェの言葉が紹介されていたりする。そしてそのどれもが、とても鋭く、真実を喝破しているよう思われるのである。
私はどうも、ニーチェについても読まず嫌いをしていたようである。


*分らないことは、分らないでいい?
これも、今の自分には、よく納得できる言葉である。

人間にはわからないまま考え続けなければならない問題があります。
(同上、p.36)

自分はかつて、新興宗教にはまっていたのだけれど、その切っ掛けは次のようなものだった。
「この宗教の教えは、すべてを教えてくれている。すべての疑問に、こたえてくれる。難しいことも、分りやすく説明している。これはすごい。これこそ本当の真理だ。自分には、そのことがはっきりと分かる」
今、当時を思い出してみれば、浅はかすぎる考え方だったように思う。穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。おそらくは、これこそ著者のいう「とりかえしのつかない人」そのものにちがいない。
この点、いくら反省しても、反省しすぎることはないようである。


*考え続けること
わからないままに考え続ける。こたえは見つからないだろうことでも、一生懸命に考え続ける。
こういうことは、けっこうなストレスになるにちがいない。でも、安易なこたえで満足して、おしまいにするよりは、人としてふさわしい生き方であるように思える。
できれば自分も、そんな生き方に少しでも近づきたいものだ。 〈了〉