*つづき
「コメントまとめ 6」のつづきです。


□■ 「信者・アンチのブログを読む 11」のコメント欄より ■□


*今日の注目コメント(不良アンチ)
ピッポさんのブログのコメント欄にて、ブリュンヒルデさんが自ら、レオさんのなりすましをしたことを認めて、自分を不良アンチと書いてます。私は今までブリュンヒルデさんを「あおりアンチ」としてましたが、今度からは「不良アンチ」と呼ぶことにします(笑)。
>こういう謀略めいた忍者プレイをするのは不良アンチの私の策であって、信者のぽん吉さんがそんなことをするわけはないじゃん。
http://plaza.rakuten.co.jp/kohitujinopippo/diary/201507210000/#201507211723580854
2015/7/21(火) 午後 7:52[ 自由 ]


*思ったことを書いてみた。
皮肉っぽい、あてつけ記事にならないように注意したつもりだけど大丈夫でしょうか。ブログ村の騒動を見てると、誰かの意見に対して、直接的な感想を書いても、ある程度普遍化して一般論的に書いても、どっちにしても、もめてるんだから難しいなあ……。でも騒動を追い掛けて記録するよりか、騒動を見ていてふと感じたことをメモる方が、時間がかからないし教訓も得られて自分にとってのプラス面は多そうです。
・真理は何のためにある? 自律のため? 他者を裁くため?
http://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/39856016.html
・人は、神の言葉を正しく理解できる?
http://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/39856019.html
2015/7/21(火) 午後 8:23[ 自由 ]


*似ている
今日はブログ村を見ていて、ふと、ぽん吉さんとレオさんは似ているのではないかと思ってしまいました。どこが似ているかといえば、思い込みの激しさと、くどいところ。「こいつは悪者だ」と思い込んでしまったら、もうその考えを変えることはなく、「ここが悪い、あそこが悪い」とひたすらに言い続けるところ……ここはうりふたつではないかと。
二人とも義侠心が強く、根気もあるし、それは間違いなく長所のはずだけれども、その長所がひっくり返ってしまってこうなってるのかなあ……と。なーんて、偉そうなことを書いてみました。
2015/7/22(水) 午後 8:06[ 自由 ]


*何かあったようです
レオさんは、コメントに対して怒ってるみたいなので、何があったんだろうと思ってましたが、ブリュンヒルデさんがそれについて書いてました。
>Posted by レオ at 2015年07月21日 19:04
http://gunleo.seesaa.net/article/422740752.html#comment
>レプオが削除した内容 ブリュンヒルデ さん
http://plaza.rakuten.co.jp/kohitujinopippo/diary/201507210000/#201507221901508501
2015/7/22(水) 午後 8:07[ 自由 ]


*アンチの感想
ブリュンヒルデさんのコメントで知りましたが、この騒動について、すいふとさんのところで、アンチさんたちが話してます。
●すいふとのブログ 2|類は友を呼ぶ 朱に交われば赤くなる
http://swift2012.blog.fc2.com/blog-entry-74.html#comment-top
2015/7/22(水) 午後 8:07[ 自由 ]


*傍から見ていると
すいふとさんのところでも、話題になってますが、ほんと、なんで信者同士で喧嘩するんだろう。
アンチの場合は、スピリチュアル好きのアンチもいれば、他宗教信者アンチもいるし、唯物論アンチもいて、みんな考えが違う。そのせいで議論になることもある。でも大川隆法は仏陀でもなければ、神でもないという点では概ね一致していて、それによって協調できる。時には、HSに関係ない雑談したり、冗談言ったりして遊ぶこともある。
信者の場合はといえば、大川隆法を信じる、神、霊、霊界、輪廻、宇宙人を信じるというように、お互いの共通点はアンチ以上に沢山あり、話が合うはずなのに、なぜか、いがみあってばかりいる。これは本当に不思議だ。よくわからん。
2015/7/22(水) 午後 8:11[ 自由 ]


*ピッポさん側の反応
ピッポ陣営の動きは活発ではないようです。ピッポさん、コウさん、どちらも記事更新は少ないし、ぽん吉さん、ブリュンヒルデさんのコメントも特に多いというわけではありません。慌てている様子もありません。これほどまでにモーレツに批判されても、こんなに落ち着いてるのは大したもんです。
でも、こういう私の感想とはべつに、レオ陣営では、ぽん吉さんらは焦りまくってると見ているようです。この見方の違いはおもしろいです。
*「ぽん吉=ソフィア」説への反論は必要か?
「ぽん吉=ソフィア」説というのは、「ぽん吉とソフィアはネット上では別人のふりをしているが、現実には同一人物だ」というものです。現実生活に踏み込んだ推測です。
こういう推測には何も答えず、否定も肯定もしないのが無難だと思います。もし何か反論してみたところで、自分の個人情報を相手に教えるだけになってしまうのがオチです。なるだけスルーするのが賢明です。
2015/7/23(木) 午後 7:40[ 自由 ]


*信者とアンチの分け方
ブログ村などを見たり、いろいろな人のコメントを読むうちに気がついたのですが、信者とアンチという分け方は、一つだけではないようです。たとえば次のようにです。
・大川隆法に対して、信者か? アンチか?
・自分に対して、信者か? アンチか?
この二つの分け方を知っておかないと、信者と信者、信者とアンチ、アンチとアンチとの関係は見えてこないと思います。
*信者がアンチにキレるとき
自分の経験からゆくと、信者の中には、大川批判に対してはさほどキレないけれども、自分に対する批判にはすぐキレる人がいます。すべての信者がそういうわけではないですが、この手の信者もちょくちょくいます。
これは視点を変えてみれば、大川批判はしても、個々の信者を批判しなければ、変な信者から粘着されずに済むということでもあります。
2015/7/23(木) 午後 7:43[ 自由 ]


*信者が信者にキレるとき
「信者がアンチにキレるとき」で書いた信者は、相手が大川信者かどうか以上に、自分を認めてくれるかどうかを気にしているようです。それだから、相手が自分に対して批判的な態度をとるならば、その相手が大川信者であろうがなかろうが関係なしにキレます。
この場合、「信者同士が喧嘩すれば、幸福の科学に迷惑がかかるから止めろ」と注意しても無駄です。この人にとっては、幸福の科学のことより、自分を批判した者を懲らしめることの方が重大事だからです。
すべての信者がこうだと言いたいわけではありません。ただこういう信者はいるし、すごく目立つことは確かだと思います。
*信者がアンチと仲良くするとき
人と仲良くするにはその人の良いところを認めることだといいます。これは信者とアンチの間でも言えることではないかと思います。
2015/7/23(木) 午後 7:52[ 自由 ]


*信仰と自己愛
信仰が強まれば、無私になるという意見があります。けれどもHSの場合は、それとは反対に、熱心な信者ほど自己愛が強く、批判されるとキレやすい傾向があるようです。
*自尊心を肥大化させるもの
HSには、信者の自尊心を肥大化させるものがあります。自分は特別な存在だという妄想をあおるものがあります。それだから、そういう教えを真に受けて、信じれば信じるほど、ちょっと批判されただけで感情を爆発させてしまうのかもしれません。いっぱいに膨らんだ風船が針の一突きで破裂するように。
2015/7/23(木) 午後 7:54[ 自由 ]


*どうしたいのだろう?
レオさんは、ピッポさんに怒っているようです。レオさんはピッポさんにしつこく返事を迫っていました。そうしていながら、「レオさんへ」というレオさん宛ての返事がくると激怒してる。わけがわからないです。
>忠告したにも関わらず、わたしレオの名を再再度タイトルに含めての記事アップ。
http://gunleo.seesaa.net/article/422462816.html
*自分流のルール
レオさんの発言をみていると、アンチはこういうものだとか、コメント欄の管理はこうあるべきだといった類のものが多いので、「○○はこうあるべきものだ」みたいな意識が強い人なのかなと思います。チョコスッキーさんのちょっとしたツッコミに激怒したのも、このためでしょう。自分の世界観価値観にわずかでも傷がつくのが許せない、みたいな。
おそらくは、記事タイトルに自分の名を使わせないというのも、本人の中ではものすごく重要なルールなんだろうなあ……。幸福の科学でも、ハリーポッターの影響を受けたのか、名前に対して神経質になってるところもあるようですし。
2015/7/25(土) 午前 8:02[ 自由 ]


*正語とは 心のままに語ること1
見逃していましたが、面白い話があったようです。まずは、レオさんの批判文です。↓
>正語とは心のままに語ること、だそうです。
これだと、瞬間湯沸かし器のように、何しとるんじゃワレー!とかすぐに心のままに逆上して切れるチンピラでも、正語が出来ていることになってしまいます。
[省略]
そんなことが通用するなら、暴言はきまくりの悪霊でも、正語が出来てることになっちゃいますからね。アホすぎる正語理解であることが露呈していますね、この発言に。
>Posted by レオ at 2015年07月22日 15:28
http://gunleo.seesaa.net/article/422483210.html#comment
2015/7/25(土) 午前 8:03[ 自由 ]


*正語とは 心のままに語ること2
レオさんの批判文に違和感があったので、批判対象になっている文章を確認してみました。
>1. 正語とは 心のままに語ること
>KKのひとたちは きれい事ばかりで ホンネで話すひとが少ない それは ぢごく的だ何だ って言ってるけど 上辺だけ装ってるやつのほうが よっぽどワルイやつなんだ
>天丼界に帰ったら みんなホンネなんだぞー 上辺だけ つくろってるやつは みんな厚塗りぢごくに行っちゃうぞー
言葉はアレでも そのままの声が心地よい たぶん こっちが天国だ
>ブリュンヒルデ 2013-05-27 01:12:23
http://ameblo.jp/adgjmptwadgjmpuwadgjmptw/entry-11538754562.html#cbox
2015/7/25(土) 午前 8:05[ 自由 ]


*正語とは 心のままに語ること3
わたしの解釈では、この文章は、「霊界では心はガラス張りだ。嘘のつけない世界だ。それだったら、この世でも、自分をよく見せようとして、いい人ぶるのではなくて、霊界でのように、ありのままの自分をさらけだして生きるべきではないか」というものだと思います。そして、本音で話さない人を皮肉るように、「正語とは 心のままに語ること」というタイトルになっているのだろうと。
レオさんはどうもこの発言の主旨も皮肉も取り違えたままに批判している気がします。こういってはなんですが、レオさん、それからガンさんにも、この手のズレた批判はちょくちょくあります。ピッポ陣営から、ガンレオ批判として、鈍い、共感能力が足りないみたいな指摘がありますが、多分こういうズレのことを言っているのでしょう。
2015/7/25(土) 午前 8:07[ 自由 ]


*正語とは 心のままに語ること4
そういえば、ガンさんレオさんは、ピッポ陣営から霊が分からない人たちだと批判されて、自分たちも霊体験はしていると反論していました。
でも、霊には、幽霊という意味だけではなく、精神というような意味合いもあるものです。つまり、霊が分からない、霊能力がない、霊的体験がないという批判には、霊的存在との交流がないということだけでなく、人の心が分からない、共感能力がない、人の心との交流体験ができてないとかいう意味合いも含まれていた可能性が高いということです。ピッポ陣営の会話を読んでいればこのことはすぐに気がつくはずです。
なのに、ガンレオさんはこういう全体的な意味を探ることには無頓着に、自分たちも霊体験はしているという微妙にズレた反論を繰り返していたのでした……。
2015/7/25(土) 午前 8:13[ 自由 ]


*正語とは 心のままに語ること5
話を戻しますが、わたしがこの言葉を知って、第一に連想したのは、「正直であれ」ということでした。第二に連想したのは、「心の欲する所に従えも、矩を踰えず」という言葉でした。
「心の欲する所に従えも、矩を踰えず」という境地であれば、「正語とは心のままに語ること」ということになるだろうな、という風に。
この言葉は、心の内はドロドロなのに、善人のふりをする者たちへの皮肉もはいってるのでしょうが、案外に含蓄があるし、インパクトもあるし、けっこうな名言かもしれません。
2015/7/25(土) 午前 8:25[ 自由 ]


*相変わらず
今日のコメントを読んでみたら、相変わらずだなぁと思ってしまいました。
⇒ レオ (07/25)
⇒ レオ (07/25)
⇒ 匿名希望 (07/25)
http://gunleo.seesaa.net/article/422462816.html#comment
*たとえば
たとえば、「真理知識に基づいた批判」という部分。これは正確には、「(わたしの知っている)真理知識に基づいた批判」とか、「(わたしの理解する)真理に基づいた批判」などとすべきところです。
心の中に「わたしの真理知識=正しい真理知識」という公式ができあがってしまっているから、「真理知識に基づいた批判」とざっくり言ってしまうのかもしれないけれど、もしそうならかなりマズイ状況です。そうなれば、「正しい真理を語る自分は正しい」ということになり、他人の忠告に耳を傾けることができ難くなるので。
2015/7/25(土) 午前 11:40[ 自由 ]


*教学ということ
真理を学び始めた当初は、「わたしは真理を知った」「わたしは真理を知っている」と思ってしまうものです。他を批判するときに、「それは真理に反しています」などと言ってしまうこともあります。
でも、真理を学び続けるうちに、「わたしは真理をわかってない。こんなわたしにも、いつか真理がわかるときがくるのだろうか」という風に変わってきます。他を批判するときも、「それは真理に反してます」ではなく、「それは、わたしが理解している真理から外れているように思われます」みたいになってくるものです。
だけれども、ガンさんレオさんは、教学の大切さを主張するわりには、初学者と大して変りない状態にとどまっているみたいです。何十年も教学を続けて来てこれではマズイでしょう。
2015/7/25(土) 午前 11:43[ 自由 ]


*凡庸な霊人
ついでにいうと、凡庸な霊人批判もズレてると思います。コウさんが憂慮しているのは、凡庸な霊示を批判して潰しまっていると、それが習慣になってしまって、将来本物の高級な霊示が下りた時も、同じように潰してしまうことになりはしないかということでしょう。違った言い方をすると、高い山は裾野も広いものだ、高級な霊示のためには、凡庸な霊示という広い裾野も必要だろうということでしょう。一つの偉大な芸術作品は突如として現れるのでなく、多くの習作、凡作の中から生まれるということでもあるでしょう。
まあ、コウさんの意見について、私の理解はまちがっているかもしれませんが、とりあえずは私は上のような理解をしているので、凡庸な霊人だからといってダメ出ししたり、見下すのは、見当違いの批判にしかならないだろうなとは思います。
2015/7/25(土) 午前 11:46[ 自由 ]


*コメント欄の管理
レオさんのブログで、また「【レオ】ブログのコメント欄は、ブロガーの管理能力が問われる場」の記事がトップに出てるようなので、一言いっておきたいと思います。
レオさんのブログのコメント欄には、何日も前から、中年男性のセミヌードページが貼られたままになっています。しかもそのページは男性性器画像へとつづいてます。モザイクはうすくかかってはいるけれど。
ブロガーはコメント欄をきちんと管理すべきだと主張するなら、これはどうにかした方がいいです。
*それにしても
コメント欄をきちんと管理すべきだと主張し、ピッポ陣営の発言などをコピペするのはよくないと削除したりしているのに、中年男性のセミヌードページは残したままにしているとは……一体どういう意図があってそうしているのでしょうか。
2015/7/26(日) 午後 4:56[ 自由 ]


*他の信者の意見は?
ひさしぶりに、「幸福の科学会員で教義上の疑問を解決したい」を見てみたら、ueyonabaruさんが新しいコメントをしていました。霊障害で苦しんでいる信者が、それを克服し、持てる能力を活かして、本人も他の人も幸福になる道はないかと問うています。霊障害だからと馬鹿にしたり、切り捨てようとするところは全然ないようです。
>完全な憑依現象に陥らずに、Sさんの霊能力を人救いのために生かせないか。それには、幸福の科学の教えをシッカリ把握して、幸福の科学の基本を逸脱することなくまた完全な憑依現象を避けつつ人救いも出来るようになるということでしょうが、それは可能なのか。これが課題です。
http://www.beach.jp/circleboard/ac86119/comment/1100201631764
2015/7/26(日) 午後 4:57[ 自由 ]


*差別がたくさん?
こういってはなんですけど、レオさん側の発言をおっていると、蔑視、差別、嘲笑などがすごく多いです。ランキングが低い者に対する蔑視、差別、悪口は繰り返されているし、アンチに対する偏見も強いし、論理的思考が不得意っぽい人に対する嘲笑もひどいです。こういう状態で、同性愛について差別発言はしていないといってみても空しいんじゃないかと思います。
なんといったらいいか、私は自分はかなり保守的だと思ってますけど、この議論を見ていると、自分がすごいリベラルになった感じがしてくるので妙な感じがします。
2015/7/28(火) 午後 7:51[ 自由 ]


*新たな議論が発生?
ひとみさんがコウさんのブログで、画像ページをさらす行為について批判的なコメントをしています。これに対して、匿名希望さんは、ピア健さんの職業(性風俗業)は異常、過度なものであり、批判されてしかるべきであって、それをさらすことは悪くないと考えているようです。
救国と愛国と幸福実現ブログ|《再掲》因果はくらますことはできない
http://ameblo.jp/adgjmptwadgjmpuwadgjmptw/entry-12052730583.html
Posted by 匿名希望 at 2015年07月29日 01:09
Posted by 匿名希望 at 2015年07月29日 01:20
http://gunleo.seesaa.net/article/422483210.html#comment
2015/7/29(水) 午後 7:47[ 自由 ]


*よくわからない
匿名希望さんは、「ゲイの世界の中でも明らかに異常」「過度な性風俗は色情地獄」と書いています。では、ゲイの世界で正常なこと、適度な性風俗とはどういうことをいうのでしょうか。
私は、ゲイの世界も性風俗業もどちらもよくわからないので、それらの世界での異常と正常、過度と適度の境はどの辺にあるのかよくわからないというのが正直なところです。ただ性的なことに関しては、何か異常で、何が過度かということはそう簡単には決められないのではないかという気はします。
*私の感覚
大人であればある程度の性体験もあるだろうし、他人の風変りな性生活を垣間見てしまったからといって周囲に言いふらしたりはしないものです。知人のあられもない姿の画像ページを見つけてしまったとして、そっと閉じて見なかったことにするのが普通であって、それを他所に貼りつけてさらすのは情け容赦なさすぎます。メール等で本人に注意喚起するならまだしも、さらす行為に出るというのはあんまりです。私はこんな感覚なので、どちらかといえばひとみさんの意見に共感してます。
この話題はあまりひっぱるのもあれなので、この辺りで止めます。
2015/7/29(水) 午後 7:53[ 自由 ]


*立場の違いを確認しておかないと
ガンさんレオさんは言葉にされた真理を絶対的なものとして語る立場であり、ピッポさんコウさんはまだ言葉にされていない真理を考慮に入れて、すでに言葉にされた真理ばかりを絶対化することはしない立場でしょう。
ピッポさん側はこのことに気付いているから、ガンさんレオさんを教条主義者、原理主義者みたいに言うのでしょう。でもガンさんレオさんはこのことに気付いていないから、いまだに教学がどうだ、論理的反論がどうだと言ってるのでしょう。このような状況をみていると、まだまだ、すれ違いは続きそうです。
2015/7/29(水) 午後 7:56[ 自由 ]


*聖典の読み方
聖典の読み方にはいろいろな方法があります。たとえば、こんな風に。
①歴史的、論理的、学問的に解釈する方法
②霊的直感によって解釈する方法
③聖典の言葉をそのままに受け止める方法
④聖典の言葉を比喩や象徴的なものとして受け止める方法
これらはどれが正しく、どれが間違っているというものではなく、どれも一理あるものです。
レオ陣営、ピッポ陣営はともに、自分たちの解釈を絶対視して相手の解釈を全否定するのでなく、お互いの解釈の相違点や特徴を認識した上で、相手への悪口やレッテル貼りを止めて、落ち着いて話し合えばいいのになあと思います。
2015/7/29(水) 午後 7:56[ 自由 ]


*争いが絶えない原因はどこにある?
前にも少し書いたことですが、アンチ村ではこれといって喧嘩騒ぎも、分裂騒ぎもおきていません。強いて言えば、初期肯定派と初期から否定派との議論があったことくらいでしょうか。
ところが信者村では、信者同士で争いがつづき、喧嘩別れして村を分裂させる話まで出ています。こういう現状を見ると、HSの教えは、調和、統合を実現するというよりは、喧嘩、分裂を招くものなのかなあという気がします。
*調和、統合を目指しているなら
そもそも、調和、統合を目指すなら、次のような教えになるはずです。
・教祖の説いた教えを最高の真理とするのではなく、それは真理の一側面、ほんの一部にすぎないとする(教祖の教えを絶対化して、他の教えを全否定することを防ぐ)
・真理解釈は一様ではなく、さまざまな解釈が有り得るのであって、これが正解で、あれは間違いであるというふうに簡単には言えないとする(自分の解釈を絶対化して、他の解釈を全否定するのを防ぐ)
・教祖に霊的権威を集中することなく、他者の霊感を尊重する(教祖の霊感を絶対化して、他者の霊感を全否定するのを防ぐ)
2015/7/29(水) 午後 8:07[ 自由 ]


*HSの教えの方向は?
でも、HSの教えは、これとは正反対のものになっているのではないでしょうか。それならば、HSの教えを信奉する者たちが喧嘩ばかりしているのも仕方ないかもしれません。
*アンチらしい結論
以上、ひさしぶりにアンチらしいことを書いてみました。
2015/7/29(水) 午後 8:10[ 自由 ]


*自由の範囲
レオさんは自由について、自由は無制限なものではなくて、ある一定の枠があるものだとしていたように思います。でもピッポ陣営の人々に対して、かなりボロクソに書いてます。まるで、事実を根拠にしている正当な批判であれば何を書いてもいいと考えているみたいです。この辺はなんか矛盾しているなあと思います。
*議論相手の選び方
個人的なルールの話ですが、私は誰かを批判するとき、ちょっとした目安を決めています。それは次のようなものです。
・誰かを批判しているか(批判したら批判されるのは道理)
・論理的な思考、表現ができるか(理屈が言えなきゃ議論にならん)
・節度、常識をわきまえているか(トンデモな行動に出られたらかなわん)
・反論するガッツがあるか(弱い者いじめはしたくない)
というわけで、もし私がレオさんの立場にいたら、ブリュンヒルデ名義のコメントには反応しても、他の人に対してはたまに質問に答えるくらいでいちいち反論しないだろうなあと思います。
2015/7/30(木) 午後 7:07[ 自由 ]


*発端
レオさん陣営の証言によれば、発端は次のような流れだったということでしょうか。レオさんが記事を書く⇒それを見たピア健さんがアンチテーゼ記事を書く⇒それを批判と受け止めたレオさんがピア健さんを批判する⇒ピア健さんががレオさんを批判する⇒他の人も参戦してきて大論争になる。。。
これが本当なら、はじめの交流の仕方を変えることはできなかったのかなあと思います。たとえばこんな風に。
L「ピア健さんのアンチテーゼは、私にとっては思いもよらない視点から語られていて興味深いです」
P「レオさんの記事は愛読してます。いつも霊的にも知的にも刺激を受けてます。ありがとう」
L「そうですか。こちらこそありがとう。お互い切磋琢磨しましょう」
こうなっていれば、HSブログ村はいまも平和だったのかなあという気がします。
2015/7/31(金) 午後 7:33[ 自由 ]


*どこがダメなのか
「自称宇宙人さんへ」のどこがダメなのかといえば、裏表があって、慇懃無礼なところだと思います。たとえば、自称宇宙人はピア健さんだと知っていながら、「どなたかは存じあげませんが、宇宙人がいらっしゃると聞いてびっくりしています」ととぼけているところがあります。名前を知っているのに知らないふりをすることは、お前は名前を覚える価値もないやつだと侮辱しているのと同じです。
また、「自称宇宙人さんへ」というタイトルから、ガンさんは、ピア健さんが宇宙人だというのは自称に過ぎず、事実ではないと考えているのは明らかです。にもかかわらず、無学な自分のために、故郷の星の文明、技術などをくわしく教えてくださいと頼むポーズをとっています。こういうのは嫌味であり、慇懃無礼の典型ですし、喧嘩売ってるとのと同じです。
◆やすらぎのガンブロ|ガンちゃん;自称宇宙人さんへ
http://swedenborg-platon.seesaa.net/article/290851301.html
2015/7/31(金) 午後 7:36[ 自由 ]


*どうすればよかったのか
もっと率直に言った方がよかったろうと思います。「ピア健さんは自分は宇宙人だというが、それは勘違いだろう。もしそれが本当なら、故郷の星の文明、技術、価値観などについて詳しく話せるはずだ。それができないならただの勘違い、思い込みではないか」という風に。
たぶん、こんな風に、きっぱりさっぱり率直に質問をぶつけた方が、遠回しにねちねち嫌味を言うよりかはよかったろうとは思います。
2015/7/31(金) 午後 7:43[ 自由 ]


*新記事1
ガンさんが新記事を発表してます。二つほど、気になるところがありました。
◆やすらぎのガンブロ|会員にアンチとの戦い方を指導するが自分は沈黙するピッポ様について
http://swedenborg-platon.seesaa.net/article/423342753.html
2015/8/1(土) 午前 7:15[ 自由 ]


*まずは一つめ
記事中に、幸福の観測所が攻撃されないと分かると、他のアンチブログも乱入してきたという風なことが書いてあります。これは私の記憶とはちがっています。
私は、幸福の観測所が複数の信者たちから集中攻撃されていると思ったから、ブログ村に登録したのでした。同時期に登録したアンチブログも大体似たような考えだったと思います。多分ですけど、もし幸福の観測所があれほど集中攻撃されていなかったら、アンチがブログ村を気に掛けることもなく、したがって多数のアンチがブログ村に登録することもなかったでしょう。
*もう一つ
もう一つは、記事の中で、ピッポさんはアンチに対して沈黙していたかのように書いてあることです。これは事実と違うのではないでしょうか。実際は、信者の中で、ピッポさんほどアンチとやりあった人はいなかったでしょう。その証に、ピッポさんのアンチ批判を貼っておきます。
2015/8/1(土) 午前 7:18[ 自由 ]


*ピッポさんのアンチ批判1
・幸福の観測所さんについて
http://plaza.rakuten.co.jp/kohitujinopippo/diary/201212130000/
・幸福の観測所さんの、根本的な間違い
http://plaza.rakuten.co.jp/kohitujinopippo/diary/201212150000/
・幸福の観測所さんへの返事
http://plaza.rakuten.co.jp/kohitujinopippo/diary/201212160001/
・【幸福の観測所】さんと戦う場合の、注意点
http://plaza.rakuten.co.jp/kohitujinopippo/diary/201212170001/
・アンチや、他の教団、他の思想家達等から、学ぶべき事
http://plaza.rakuten.co.jp/kohitujinopippo/diary/201301110001/
2015/8/1(土) 午前 7:18[ 自由 ]


*ピッポさんのアンチ批判6
・アンチ達に、共通する欠陥・・・その2
http://plaza.rakuten.co.jp/kohitujinopippo/diary/201309090000/
・アンチ達に、共通する欠陥・・・その3
http://plaza.rakuten.co.jp/kohitujinopippo/diary/201309110000/
*謝った方がいいです
記事タイトルを見れば分かる通り、ピッポさんは相手を名指しで批判していて、ちっとも逃げていません。また、これ以外に、コメント欄にアンチを入れて、直に議論していたりします。こういう人のことを、アンチに対して沈黙していたかのように言うのはおかしいです。これは謝った方がいいと思います。
2015/8/1(土) 午前 7:25[ 自由 ]


*コメント更新
レオ陣営でもコメント更新がありました。レオさんはアンチと戦ったのはガンさんであって、ピッポさんは信者に向かってアンチとはこれこれこういうものだと能書きを垂れてただけだという見方のようです。
【レオ】子羊のピッポ氏の指導霊?と称する存在は、高級霊を詐称する「凡庸な霊人」であったことが判明!!<改題しました>
⇒ レオ (08/01)
http://gunleo.seesaa.net/article/422482974.html#comment
【レオ】霊障者ぽん吉の正体を探る2(やすらぎのガンブロ記事へのレオコメント)
⇒ レオ (08/01)
⇒ 匿名希望 (08/01)
http://gunleo.seesaa.net/article/422482974.html#comment
2015/8/1(土) 午後 5:09[ 自由 ]


*偏りすぎ
ピッポさんの記事を読むと、レオさんの言う通り、信者に向かってアンチとはこういうものだと説教しているものもあります。でもそういうものばかりではなく、アンチに向かって批判してるものもあるんですよね。UMAさんばかりでなく、ブリュンヒルデさんや、Truthさんにまで批判、説教してる。一部の記事だけじゃなく、全体を見て評価すれば、ピッポさんはアンチと戦ってなかったなんて言えないかと思います。
考えてみれば、レオ陣営は、ピア健さんコウさんらに対しても、一部の非をあげつらって、その人のすべてを否定しちゃうみたいな傾向があるかもしれません。なんでそんな極端なことをするのだろう。不思議です。
2015/8/1(土) 午後 5:13[ 自由 ]


*戦い方はいろいろ
そうそう。ピッポさんが「幸福の科学の一信者 さんへ」で書いてるように、その個性に応じて戦い方はちがってくるものなんですよね。軍隊の場合も、歩兵、将校、将軍、軍属、軍医、工兵……それぞれがそれぞれの持ち場で戦ってます。特定の戦い方でなければ戦ったとは言えないっというのは、これもちょっと偏った考え方ですね。
ちなみに、現役アンチの立場から言わせてもらうと、ガンさんは幸福の科学の論理で語るし、案外に感情的になりやすいみたいなので、わりと対応しやすいかと思います。でもピッポさんは、霊能系なのに感情がぶれないし、つねに幸福の科学の論理で語るとは限らず、なおかつ憎めないキャラなので、ついつい「この人いい人じゃん」と思ってしまってアンチとしての戦意喪失させるところがあります(笑)。よってどちらかといえば、アンチにとってはピッポさんの方が脅威になるかと。
2015/8/1(土) 午後 5:18[ 自由 ]


*HSと八月六日
ブログ村での信者同士の対決は、八月六日も休戦することなく、いつも通りつづいていたようです。HSでは信者たちに、八月六日は静かに平和を祈りましょうというような指導はしていないのでしょうか。この調子だと、九日も、十五日も休戦にはならないかもしれません。
2015/8/7(金) 午後 7:27[ 自由 ]


*会員が会員を攻撃する記事?
レオさんは下のコメントで、コウさんピア健さんがチョコスッキーさんを攻撃したと告発しています。
>Posted by レオ at 2015年08月07日 00:33
http://gunleo.seesaa.net/article/422483210.html#comment
・ビジネス書の感想文。唯我独尊チェックポイント!|幸福の科学の信者さんのブログがつまらない
http://bookkiller.doorblog.jp/archives/7371799.html
・救国と愛国と幸福実現ブログ|人のブログがつまらないという人に対してお答えする
http://ameblo.jp/adgjmptwadgjmpuwadgjmptw/entry-11322837591.html
・抜苦与楽+ピア健さんの異世界・パラレルワールド研究所|コピペ記事は悪ではなくブログの原点
http://ameblo.jp/pianist-kentaro/entry-11323384441.html
2015/8/7(金) 午後 7:28[ 自由 ]


*ただの意見交換では?
結論からいうと、私の感覚では、攻撃というよりは、ただの意見交換という感じがします。まずチョコスッキーさんの、会員ブログがコピペ記事ばかりでつまらないというのは、ごく自然な感想でしょう。会員攻撃ではない。
コウさんピア健さんの記事も、コピペばかりの会員ブログを庇ってるものであって、会員擁護の記事でしょう。チョコスッキーさんに対しても、攻撃というよりは、「こういう見方もあります」という意見紹介という感じです。
これをして、コウさんピア健さんが、同じ会員を攻撃したとみなすのは、かなり無理があるでしょう。
2015/8/7(金) 午後 7:29[ 自由 ]


*徹底的にやるなら
徹底的にやるなら、関連記事を発表順に並べた資料集をつくって、そこに注を入れるかたちで書けばいいのに、と思います。
でもひょっとすると、私が知らないだけで、どこかにそういう資料集があるのでしょうか。
2015/8/7(金) 午後 7:42[ 自由 ]


*そもそも根っ子がちがう?
レオさんは大川隆法の言葉を根拠にして、あれこれ発言してるようです。自分の感情、認識、意見さえも、大川隆法の言葉によって正当なものだとしないではいられないみたい。
一方、ピア健さんは誰かの言葉を根拠にしてるというよりは、自分の感覚、直感を根拠に発言してるみたいです。公開ダウジングとかはもろにそれ。自分の感覚、直感などを、大川隆法の言葉によって正当化する、権威づけるということはしてない。というか大川隆法の名前さえ、あんまり出さないようにしてるみたい。
自分の感覚、直感を重んじている個人主義的な人に対して、大川隆法が言ってるからとかなんとか説教しても無駄だろうし、大川隆法の権威に従順な人に対して、個人の感覚、直感を軽んじてはならんといっても仕方ないです。このことを思えば、このすれ違いはまだまだ続きそうです。
2015/8/8(土) 午後 1:25[ 自由 ]


〈つづく〉