*聖アントニウス
 ツイッターで、聖アントニウスのことが話題になっていたけれど、どうやらこの辺りがその理由らしい。

・証拠が出てきました。『聖アントニウス』はどこに行ったの?【エル・カンターレ】【嘘つき】


・宏洋さん、法は発展するんだよ!【聖アントニウスについて】霊的探究と信仰の深化で説かれる教えは変わってくる【宏洋氏に物申すシリーズ48】



*方便と発展
 幸福の科学(HS)では、教えが変わることについて、方便だとか、発展だとか説明しているけれども、これはどうもつじつまが合わないように思う。
 まず方便というのは、人を正しく導くものだろうけれども、HSの場合はそうなっていない。「方便の時代は終わった」で大量脱会が起きたというし、それ以外でも幹部や高弟、元妻、長男なども離反する例は多い。これからすると、大川隆法は方便によって人々を正しく導いているというよりは、その場しのぎの嘘によって人々を惑わし、その人生をくるわせているという方が実態に則しているのではあるまいか。
 また発展というのは、一つの方向性をもって段階的に上昇していくことだろうけれども、大川隆法の教えはそれよりは方向性が定まらず迷走していると言った方がいいのではあるまいか。
 たとえば、聖アントニウスについて言うならば、どんなにいいつくろってみたところで、youtubeのコメ欄で指摘されていたように、これではエルカンターレである大川隆法は十次元と七次元存在の区別がつかず混同していたということになる。これはつじつまが合わないだろう。
 上に述べた通り、HSでは教えがコロコロ変わることについて、方便だとか、発展だとか言って合理化しようとするけれども、実際にはそれがために、余計にあっちこっちに矛盾が生じて収拾がつかないことになっているというのが現実だ。これらすべてを一気に解決しようとするならば、大川隆法はその場その場で適当な嘘を言っていると結論付けることくらいしかない。そのあと残る問題は、自分は騙されたということを受け入れるか、受け入れないかということだけ。
 聖アントニウスだとか、過去世だとか、真理と称する霊界法則だとか、大川隆法は仏陀で神であるとか、そういう類の話は、それが事実であるとも、事実でないとも証明できないことであるから、信じたいと望む限りは信じ続けることはできるだろう。でもそういう願望を捨てるのが遅れれば遅れるだけ後悔は深いものになるだろうし、なるだけ早くに考え直した方がいいだろうとは思う。