死なないつもり』横尾忠則
 タイトルが微笑ましく、面白いと思ったので手に取ってみた。内容は芸術や人生についてのエッセー集であり、明るく前向きで楽天的な話題が多い。タイトルから、「死」や「老い」について書いてあるのだろうと思ったのだが、いい意味で裏切られた気分。
 著者のものの見方は、自分から見るとすごく新鮮だ。たとえば、世間的には「飽きっぽい」ことはよくないこととされることが多いが、著者からすれば「飽きるということは、自分を守るためにも、自由になるためにも必要なこと」(p.59)だという。たしかに、飽きっぽいとは、一つことに囚われず自由だ。
 また著者は「理屈をこねないで、無頓着で暮らすのが一番です」(p.203)という。その理由は「『なぜ』に答えるためには、物事を理屈で考えていくことになります。それを繰り返すと、どんどん細くなっていって身動きが取れなくなる」(p.202)からという。これは耳に痛い話だが、それだけによく分かる。
 「老齢になると自然に欲望も執着も消えて、/好きなことだけが残っていく。/隠居の本当の意味は/好きなことで忙しくすること。」(p.127)というのは、理想的な年の取り方だ。三浦綾子のエッセーで、認知症になった老クリスチャンが、昔のことはみんな忘れてしまいましたがイエス様のことだけは忘れませんと言っていたという話が、ずっと記憶に残っているのだが、この話とどこか通じるところがあるようでもある。自分は悲観的な面があるので、長く生きるほど辛い記憶が積もり、圧し潰されそうな気分になることもあるので、年を取るほど純化されて好きなことだけが残るというのはすごく憧れる。
 何事かを極めた人物の言葉には深いものがあるというけれど、本書を読んで本当にその通りだなと思った次第である。