江川紹子『「カルト」はすぐ隣に』

*驚いた
 オウムについて書いた江川紹子氏の本をざっと眺めてみて驚いた。オウム信者の証言を読むと、自分が幸福の科学(HS)で経験したこと、考えたことと同じようなことが書いてあるではないか。
 というわけで、その部分について以下にメモしておきたい。


*仏陀と巡り合うという奇跡
 HSでは、仏陀(大川隆法)と巡り合うことは奇跡だとされている。今を逃したら、大川隆法の教えを聞く機会はもうないだろうとも言われている。
 どうやらこういう考え方は、オウムにもあったらしい。オウムの元信者の手記にはこうある。
DSCN0796 救済者と会う機会は稀だ


*前世からの努力
 自分が通っていた支部では、今世で仏陀(大川隆法)と巡り合えたということは、前世においてそれだけの努力をしてきたからだと言われていた。
 また幹部や有名職員であれば、過去世は偉人賢人だったとされたりする。
 オウムでも似たような思考はあったらしい。
DSCN0798あなたは前世から修行していたね
 前世の努力を認められることが、殺し文句になるという感覚は、自分にも分かるなあ。


*話が違う!?
 ここで登場しているオウム信者は、ポアの教義がいつの間にか変わっていることに違和感を覚えたそうだ。
DSCN0799 ポアの教義が矛盾してる
 HS信者を長く続けている人であれば、この種の教義変更に違和感を感じた経験がある人は多いのではなかろうか。


*深いお考えがあるに違いない
 HS信者だったころは、疑問に思うところがあると次のように考えたものだった。
「自分の悟りが低いから分からないんだ」
「自分の小さな頭では、仏陀(大川隆法)の考えていることが分かるはずもない。自分は、ただ信じてついて行くだけだ」
 オウムにも似たような考え方があったらしい。
DSCN0803 違和感あれば距離をとる
 教祖は正しいと信じる限りは、教祖に疑問を持ったり、違和感を感じても、それは教祖に問題があるのではなく、自分が未熟であるためだという思考にならざるをえないということなのだろう。
 こういうときは、距離をおいて頭を冷やし、気持ちを落ち着けてからゆっくり考えるのがよいというのは本当にその通りだ。


*断定と違和感
 自分はHSを経験することで、分からないことは分からないとすること、断定できないことを断定してはいけないこと、違和感を覚えたらその気持ちを闇雲に抑圧しないことなどの教訓を得たのだが、本書でもそれと同じことが書いてある。
DSCN0797 違和感を大切にし自分の頭で考える


*正直でいること
 これも自分がHSで得た教訓と同じだ。
DSCN0801 自分の感性を大切に
 教祖がどんなに霊格が高くとも、どんな立派な教えを説いていても、自分が本当に納得できないなら、納得できないとする他はない。
 道徳的に言えば良心に従うこと、スピ風にいえば内なる神を信じること、陽明学風にいえば良知を致すこと、渡部昇一風にいえば知的正直に忠実でいることこそが重要なのだろうし、宗教的にみても、本心から信じきれていないのに、信じているふりをしたところで仕方ないだろう。


*タイミング
 ここでは、タイミングさえ合えば、誰もがマインド・コントロールされ、カルトに操られる危険性があることを指摘している。
DSCN0804 断言によるマイコン
 自分がHSにハマってしまったのも、おそらくは、これだろうと思う。


*朝生
 蛇足ながら、本書では朝生について触れている。
DSCN0802 朝生、隆法の負け
 HSの名は出ていないものの、著者の見解では、HSはオウムの引き立て役になってしまっていたということらしい。


*まとめ
 自分は元HS信者だから、HSのことはある程度わかるが、オウムに関してはよく知らない。だから、HSとオウムが同じかどうかは分からないし、断言できない。
 ただそれでも本書にあるオウムの話を読んで、自分がHSで経験したこと、考えたことと似たことが語られていて驚かされたのは本当だ。
 振り返ってみれば、先年からツイッターを始めて以来、HS以外の宗教に関連したツイートが視野に入ってくることが多々あり、その度に、どこも似たようなもんなんだなあと感じることも多いのだった。カルト問題は、表面上は異なってはいても、本質的な構造については共通する部分も少なくないのかもしれない。
 HS信者でいたころは、HSは他とは異なる特別な宗教だと信じていたけど、今になって冷静に考えてみれば、そういうわけでもないんだろうなと思う。


*参考
 HSとオウムについては、先日、藤倉善郎氏とHSの間で議論になっていた。(上二つが藤倉氏の記事、三つ目がHSの反論、スクショは藤倉氏のツイート)


2020-07-18 冒頭からしてウソ
https://twitter.com/SuspendedNyorai/status/1283579847885778944

2020-07-18 広報は信仰が足りない
https://twitter.com/SuspendedNyorai/status/1283667023982063616

2020-07-18 批判的な報道威圧
https://twitter.com/SuspendedNyorai/status/1283581293981122562

 藤倉氏は具体的な発言、事件について語っているが、HSは基本理念のようなことを語るばかりで、個別的具体的な案件にはあまり触れていないのは残念だ。完全論破を目指しているわけではなく、反論したという形になっていればそれでいいということなのだろう。