マイル81 わるい夢たちのバザールI

*偶然
 最近はまじめな本ばかり読んでいたので、たまには気晴らしにエンタメ小説でも読んでみようと思ってキングの短編集を開いたら、「ヨブ記」の話が出ていた。
「ヨブが理由を知りたくなったとき、ミスター・アンダース、神はヨブにたずねた。おまえは、わたし――神――が宇宙を創造したとき、その場に居合わせたかどうか。おまえは返答するに値しないとみなされてるんだろう。じゃあ、中断されている問題をじっくり考えようか。で、どうする? ドアを選べ」

(「アフターライフ」『マイル81 わるい夢たちのバザールI』〈文春文庫〉スティーヴン・キング著、風間賢二・白石朗訳、文藝春秋、2020年、p.343)
 これは病気で死んだ主人公が、あの世の案内人らしき男と出会い、生まれ変わりの秘密…主人公は記憶を失ってはいるが過去に何度も今生と同じ人生を生きており、この後もまた生まれ変わって同じ人生を生きねばならぬこと…を告げられた場面である。
 生まれ変わりにはいろいろな考え方はあるものの、同じ人生を何度も何度も繰り返さなくてはいけないとしたら、これはあまりに不条理であろうし、「なぜ? どうして?」と問わないではいられないだろうとは思う。
 著者はこれと同じような話を、大長編の『ダークタワー』でも、短編の『例のあの感覚、フランス語でしか言えないあの感覚』でも使っていることからすると、相当お気に入りのアイディアなのだろう。


*義人の苦難
 こちらでは、ヨブ記には直接言及してはいないものの、義人の苦難に関連した話が出ている。
 ハラスは笑ったが、唇を単に動かしただけだった。「それはいささか考えが甘いね。弁護士さん。どうしてロニー・ギブスンみたいに角膜異常で生まれてくる赤ん坊がいるんだ。そして同じ病院でつぎに生まれてきた五十人はどうして正常なんだ、とたずねているようなもんだよ。あるいはどうして、文化生活を主導している優秀な人間が三十歳で脳腫瘍にかかったり、強制収容所のガス室の管理を手伝った怪物が百歳まで生き長らえたりするんだと、きいたほうがましだ。あんたは、なぜ悪いことが善人に起こるのかとたずねているんだったら、来る場所をまちがえたね」

(「悪ガキ」『マイル81 わるい夢たちのバザールI』〈文春文庫〉スティーヴン・キング著、風間賢二・白石朗訳、文藝春秋、2020年、p.217-218)
 この物語では、これといって悪いことはしていないにもかかわらず、どこからともなく姿を現しては消え去る悪ガキ(何十年経っても年は取らず、子供の姿のまま)によって不幸のどん底に突き落とされ、破滅する男の一生が描かれているのだが、これは単なる荒唐無稽な話ではなく、上のようなテーマがあるのだろう。
 欧米の小説、映画、ドラマの背景にはキリスト教があるので、それらを理解するには聖書の知識が必要だというけれども、どうやらキング作品についてもその例外ではないようだ。