*末期
 以下は、「オカルト兼自己啓発書とは? (『忘れられたベストセラー作家』小谷野敦著) 」のコメント欄からのコピペです。
 これについても、ヤフーブログから当該ブログに移動させていなかったのですが、PCには保存してあったので、ここで公開します。
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コメントを削除する者は、弁明の理路を持たない者。
苦言を、受け取らず、かつ、理路を持たなければ、間違いは間違いのまま、正当の化けの皮をかぶったまま、一生を過ごすことになる。
一生間違っていたい、それが、アドラー教であり、それは、一生治らない病的な心を守り続けることに等しい。
2019/7/29(月) 午前 2:52st5402jp



私は基本的には、コメント欄は自由開放か、または承認制にしても全て承認してきました。stさんのコメントも同様の扱いをしてきました。

でも今後については、stさんのコメントは承認しない方向で検討中ではあります。言い難いことですけど、stさんのシャローム批判は、やたらと喧嘩腰だし、誹謗中傷、ヘイトスピーチ寄りになってると思います。

もしシャロームさんから、「楽山は、私に対するヘイトスピーチを容認し、野放しにすることで、名誉棄損に加担した。訴えてやる」と責められたら反論のしようもないです。

まあシャロームさんはそんなことは言わないだろうし、匿名ブロガーに名誉棄損は成立しなかろうとは思うけど、それにしたって、自分のブログのコメ欄で、他者に対するヘイトを野放しにするのは、やはり気が咎めます。この辺りのこと、どうかご理解願いたく思います。
2019/7/29(月) 午前 6:40[ 楽山 (自由) ]



こう書くと、正当な批判と、ヘイト誹謗中傷との違いについての議論がはじまりそうですけど、
私には、stさんのシャローム批判を、ヘイト誹謗中傷ではなく正当な批判であるとすることは、論理でも感覚でも受け入れるのは難しいです。一部正当な批判もあるでしょうが、全体をそうだというのは無理です。
2019/7/29(月) 午前 6:48[ 楽山 (自由) ]



(楽山)
私は基本的には、コメント欄は自由開放か、または承認制にしても全て承認してきました。stさんのコメントも同様の扱いをしてきました。

(私)
真面目に書いたコメントだから、当たり前のことなのに、都合が悪くなると、このように、恩着せがましいことを前提として責めてくる。
2019/7/29(月) 午後 0:52st5402jp



(楽山)
でも今後については、stさんのコメントは承認しない方向で検討中ではあります。言い難いことですけど、stさんのシャローム批判は、やたらと喧嘩腰だし、誹謗中傷、ヘイトスピーチ寄りになってると思います。

(私)
根拠を示せないまま、喧嘩腰、誹謗中傷、ヘイトスピーチ、と激雑言を並べるほうこそがヘイトスピーチ。これは、ボンヤリ言語による、楽山からの脅しです。というより、既に、削除は始まっています。偽善者、楽山の、作為的丁寧語、ボンヤリ言語には、もうだまされない。
2019/7/29(月) 午後 0:53st5402jp



(楽山)
もしシャロームさんから、「楽山は、私に対するヘイトスピーチを容認し、野放しにすることで、名誉棄損に加担した。訴えてやる」と責められたら反論のしようもないです。

(私)
繰り返すことで、「ヘイトスピーチ」の印象をすり込んでくる。
(私)
楽山は、誰に対しても反論は出来ないでしょう。ボンヤリ言語では、反論にも、議論にもならない。嫌み、陰口、当てつけ、といった罵りにしかならない。楽山は、そういうものしか言わないし、そういう物しか返せない、という経過が今まで表れてきた。
(私)
シャロームが、何をしてきたか、という問題を、スコーンと無視できる偽善者、楽山。やさしく冷静を装う体裁だけの、説明にもコメントにもなっていない楽山の筆致。冷静を装う分、嫌らしさが際立っている。
2019/7/29(月) 午後 0:53st5402jp



(私)
楽山は、アドラー教カルト宣伝の邪魔になるために、シャロームをかばうが、そのことで、ヘイト、という言葉で詰(なじ)る以外、何も言えなくなっている。楽山のヘイトは、道徳とも常識とも何の関係もなく、醜い。
(私)
「ヘイトを野放しにするのは、やはり気が咎めます。この辺りのこと、どうかご理解願いたく」
また、「ヘイト」を前提にしようと、繰り返して嫌らしさの印象操作。
さらに、常識人を装う、この丁寧語が、偽善者、楽山の特徴である。丁寧に書けばよいと思っているようだが、そういう丁寧さが、既に通用しなくなってきている経過を無視している分、わざとらしくて、気色悪い。恐らく、楽山は、文脈が読めないのだろうと思う。
それは「心ん理論」の曲解に表れていた。
2019/7/29(月) 午後 0:55st5402jp



(私)
恐らく、楽山には、隠蔽と偽装の目的はあっても、整合する論路と正常な感覚がないのだろう。楽山の、回りくどく、ねちねちとした、丁寧語は、「殴られるより悪いことがある」という三島由紀夫の言葉に相当する。この言葉は、三島原作映画「午後の曳航」の中の、子どもの台詞だ。
(私)
楽山は、整った理路を終えないために、丁寧ボンヤリのイラつかせ言葉を仕入れた。
シャロームは、理路そのものがないために、世辞が通用しないとき、削除を覚えた。
熟し損なった子供の精神と、大人の嫌らしさでは、正当な議論にも意見にもならない。
2019/7/29(月) 午後 0:56st5402jp



(私)
恐らく、楽山もシャロームも、人の言ったことなど、殆ど理解していない。だから、深い理解の必要な理路も情緒も汲み取れない。それで、代わりに、踏みつぶすことを覚えた。
(私)
「一部正当な批判もあるでしょうが、全体をそうだというのは無理です」
という部分否定の表現が、自分は思いやったが・・という、楽山の、嫌らしいボンヤリ言語の、文脈上の特徴です。私は、シャロームとの付き合いで、このような安い小細工が、いちばん嫌になりました。丁寧で、思いやって、の陰で、底知れない作為と悪意を感じます。それこそ、殴られるより悪いことがある、ということです。この三島由紀夫の感性は、カルトを考えるうえで、けっこう重要なポイントのような気がします。
2019/7/29(月) 午後 0:57st5402jp



>楽山は、アドラー教カルト宣伝の邪魔になるために、シャロームをかばう

これについては本記事を読んでもらえれば分かると思うけど、私の立場は、アドラー本などスピ系自己啓発本には注意が必要というものです。
ていうか、これと似た流れは前にもありました。stさんが楽山はアドラー信者と言い、私はアドラーには役立つ考え方はあるようだけども、のめり込むのはダメという立場ですと説明したのでした。
2019/7/29(月) 午後 8:10[ 楽山 (自由) ]



stさんによるシャローム批判については、当方はこんな見方です。
・巷には、カルトと言えば、献金詐欺、霊感商法、女性信者にセクハラなど、違法行為、人権侵害などを繰り返す反社会的団体というイメージがある。
・でもシャロームさんがそういうことをしたという事実はない。
・にも関わらず、シャロームはカルトだと言い募れば、シャロームさんがそういう違法行為を繰り返している人だという誤解を広めることになる。これはよくない。

これについても前に話したことがあったと思いますけど、また書いときます。
2019/7/29(月) 午後 8:12[ 楽山 (自由) ]



(私)
カルトに対して、役立つ考え方があるようだ、ということが、既に、カルトとは見なしていない証拠です。カルトとは対決姿勢と、総てを振り出しに戻す全否定だけが必要ななのです。あなたは、カルトに甘くしろと言っているに等しい。何を言っているのか。だから、あなたに対してもだ。
(私)
ちょうどいい柔和さで、正しいことを言っているつもりか、そのように、装っているのか。それは、カルトには通用しない。まず、つぶすことが大事であり、それをしないと、また、社交や世辞によって、諦めずに、広めようとするのがカルトである。あなたに対してもだ。
2019/7/29(月) 午後 11:38st5402jp



(私)
犯罪に及んでいないから批判するな、というのは全く成り立たない。犯罪が起こってからは、警察の仕事である。一般人の出来ることは、おかしいところを見つけたら、批判の言論をもって、不正を訴えてゆくこと、すわわち、抑止と情報の拡散をすることが必要だし、それが一般人にも自由な言論をもって出来ることだ。
(私)
犯罪じゃないから?・・よくも、そんなことが言えるものだ。巷のイメージだと。今までシャロームと仲良くして理非も分別できないくせに、結局、ここでも味方している。あなたは、冷めた飲み物のように、感じないし、考えない、あなたの意見など、私は、全く聞いていない。理路がないからだ。
(私)
すでに、信頼など、微塵もない。だから、楽山、アドラー教のあなたも批判対象なのだ。今ごろ何を言っている。やはり、あなたは、一貫して、理路のない、情緒のない、疲労物質だった。今日も。ねちねち、クレームをつけてくるだけ。卑怯者。
2019/7/29(月) 午後 11:39st5402jp



(私)
楽山が、いかに丁寧言葉で、常識があるという装いで、まともぶって書いてきても、言っていることに理路と内容と内実がないことが特徴です。よく読めば、言い逃れだけなのです。
(私)
自分が、カルトであり、いかに、シャロームの肩を持ってきたか、いかに、楽山と、楽山のボンヤリ言語が、有害であるか、まるで、分かっていない。あるいは、これも、とぼけているだけなのか。そういう感慨しか、楽山には残っていない経過なのです。だから、そのことを、公共に知らせるためだけに、書いています。楽山と交流する意志など、とうの昔に失せています。
2019/7/29(月) 午後 11:57st5402jp



シャロームは犯罪者ではないから・・と言いだした時点で、批判の意味を知らないのであり、既にアウトなのです。
2019/7/30(火) 午前 0:01st5402jp



>犯罪に及んでいないから批判するな、というのは全く成り立たない。

私が言ってるのは、「批判するな」ではなく、「違法行為などのない人に対して、カルト呼ばわりはよくない」ということです。
「シャロームの聖書解釈、信仰態度には反対だ」というなら、そこは自由に批判したらいいかと思います。
ただ、違法行為などがないにもかかわらず、聖書解釈、信仰態度に異論があるということを持ってカルト呼ばわりするのは、あらぬ誤解を招き、よくないということです。
2019/7/30(火) 午前 7:13[ 楽山 (自由) ]



>カルトに対して、役立つ考え方があるようだ、ということが、既に、カルトとは見なしていない証拠です。

これは大雑把すぎると思います。
宗教というものは、多くの場合、カルトも、カルトでないものも、まともな教えと、まともとはいえない教えの両方があるものです。
カルトのまともな教えと、まともでない教え、
カルトでない宗教のまともな教えと、まともでない教え、等々。
カルト批判するなら、この辺りの区別はちゃんと付けた方がいいです。
2019/7/30(火) 午前 7:14[ 楽山 (自由) ]



(私)
はぐらかし、というのは、シャロームがやってきたことです。楽山は、それに加え、ボンヤリ言語で、いかにも、中立で、柔和に見せかけて、問題の焦点を逸らせようとしてきます。一見、道理か理屈を言っているような、ボンヤリ言語の罠に嵌ってはいけません。
(私)
シャロームと楽山は、まともな話のできない者たちです。語れば、作為があり、悪意があり、誠意がない者たちです。引き込まれると、引きずられて、絡まって、何が大事か、分からなくするのが狙いです。対話は、とうの昔に、諦めています。問題点の悪質さを指摘して、否定してゆくしかありません。
2019/7/30(火) 午後 5:44st5402jp



(私)
「違法行為などのない人に対して、カルト呼ばわりはよくない」
楽山は、何を言っているのでしょう。意味不明です。警察につかまっていないからカルトではない、とでも言うのでしょうか。悪しき宗教を宣伝している、すなわち、嘘吐き、キリストに真っ向から反することを言いながら、キリスト信仰?を説く、改める様子が少なくとも8年間全くない、反論も弁明も全く成り立たない、これだけで十分です。性根の腐ったカルト、それが、シャローム、そして、楽山であります。
2019/7/30(火) 午後 5:44st5402jp



(私)
大雑把で穴だらけなのは、楽山のほうです。まともな考えと、まともでない考えに分けることは無意味です。カルトは、即刻、人道に反する有害な宗教もどきとして、全否定する必要があります。一部が間違っているなんて、私は、考えていません。根っこが腐っておれば、総て邪悪です。区別をさせて、ああでもない、こうでもない、という楽山のボンヤリ言語ワールドに引き込みたいのでしょう。これこそ、カルトらしい誘導です。
(私)
宗教として、根っこが腐っていると思うからカルトと呼んでいます。この楽山の考え方こそ、カルトを擁護する者の作為と悪意なのです。そして、楽山は、カルト宣伝者です。何を、外から見ているような口の利き方をするのでしょう。楽山は、書けば、いたるところに、言い逃れの詭弁をまき散らしているようです。
2019/7/30(火) 午後 5:44st5402jp



(私)
何て醜い言い逃れ。楽山は、理路がなく、理解力がなく、惑わし言葉をポンポンと投げてくるだけです。文脈を混乱させるだけです。それが、ボンヤリ言語なのです。それが、アドラー教カルトなのです。それが、楽山です。シャロームと楽山を疲労物質といったのは、このことであります。楽山の口は災いです。理路を正せず詭弁だけしか言ってこない楽山には、黙っておれ、と言うだけです。
(私)
楽山と話をするためにコメントを書いたのではありません。すでに、対話は無意味だと分かっています。楽山は、理路で語るのではなく、理路を混乱させるために語っているに過ぎません。私は、楽山を説得することなど、楽山と対話することなど、とうに諦めて、カルトとして楽山について、この者は不法だと、おかしな記事に付け加えるためにコメントを書いています。
2019/7/30(火) 午後 5:44st5402jp



いつまで、柔和芝居をしているつもりだ。あらゆるところに、楽山は不正を表している。記事を書けば書くだけ、コメントを書けば書くだけ、理路を書けば書くだけ、カルトに堕ちた者の、えげつない詭弁が表れる。
2019/7/30(火) 午後 5:47st5402jp



邪悪なものに、まともがあり、まともと、まともじゃないものを、分けるべきだと言っていることが、既に詭弁。分けられないものを、ふつうに分けられるかのように語る、そして、騙る、楽山の詭弁。
2019/7/30(火) 午後 6:06st5402jp



邪悪な者が、邪悪なものについて、一見、よさそうに見えそうに感じ取られそうなことを言うのを、嘘、と言います。
2019/7/30(火) 午後 6:11st5402jp



>「違法行為などのない人に対して、カルト呼ばわりはよくない」
楽山は、何を言っているのでしょう。意味不明です。警察につかまっていないからカルトではない、とでも言うのでしょうか。

よく読んでください。私は、「違法行為」とせず、「違法行為など」と書いてるでしょう。「など」には違法行為以外のことも含まれます。
私が言っているのは、「警察につかまっていないからカルトではない」ということではありません。
2019/7/30(火) 午後 7:50[ 楽山 (自由) ]



ちなみに私は、カルトについては、下記ページを参考にして言ってます。
そして私の意見は、こうです。
stさんは、シャロームさんの聖書解釈、信仰態度を批判し、シャロームはカルトと断じている、
しかし一般は、カルトには違法行為などを行う反社会的なイメージを持っている、
stさんがシャロームさんをカルトと断じれば、一般にシャロームさんは違法行為を行う反社会的な人だと誤認させる恐れがあるからやめた方がいい、
批判するならカルトのレッテル貼らず、聖書解釈などに異論アリと言うにとどめた方がいい。

・カルトの定義をめぐるあれこれ
https://note.mu/daily_cult/n/nad21561cfe0a
2019/7/30(火) 午後 7:51[ 楽山 (自由) ]



また、stさんはこういう主張を繰り返しているでしょう。
シャロームの聖書解釈、信仰態度はおかしい、もう何も語ってほしくない、ブログも止めるべきだ、
シャロームとは誰も話すべきでない、シャロームと交流する者は、シャロームの仲間とみなして、批判し、糾弾する。

こういうのは、宗教を理由にして個人を差別、排斥しようとするヘイトであり、人権侵害であるように思えます。やめた方がいいです。
2019/7/30(火) 午後 7:55[ 楽山 (自由) ]



>邪悪なものに、まともがあり、まともと、まともじゃないものを、分けるべきだと言っていることが、既に詭弁。

カルトはまともなことは言わないと思ってると、カルトの餌食になる可能性が高くなると思います。そういう人は、「カルトかと思ったら、すごくいいこといってる。こんないいことをいえる団体がカルトのわけがない」という発想に陥る危険性があります。
カルトはまともなことを言って人を集め、徐々にまともでない方に誘導する事が多々ありますから、「カルトはまともなことを言わない」ではなく、「カルトは入り口ではまともなことを言う」と思っておいた方がより安全です。
2019/7/30(火) 午後 7:57[ 楽山 (自由) ]