八三七 師は答えた、「マーガンディヤよ。『わたくしはこのことを説く』、ということがわたくしにはない。諸々の事物に対する執着を執着であると確かに知って、諸々の偏見における(過誤を)見て、固執することなく、省察しつつ内心の安らぎをわたくしは見た。」(『ブッダのことば』中村元訳、岩波書店〈岩波文庫〉、1985年、p.186)
八三九 師は答えた、「マーガンディヤよ。『教義によって、学問によって、知識によって、戒律や道徳によって清らかになることができる』とは、わたくしは説かない。『教義がなくても、学問がなくても、知識がなくても、戒律や道徳を守らないでも、清らかになることができる』とも、わたくしは説かない。それらを捨て去って、固執することなく、こだわることなく、平安であって、迷いの生存を願ってはならぬ。(これが内心の平安である。)」(同上、p.186)
八八二 諸々の愚者が相互に他人に対して言うことばを聞いて、わたくしは「これは真実である」とは説かない。かれらは各自の見解を真実であるとみなしたのだ。それ故にかれらは他人を「愚者」であると決めつけるのである。(同上、p.194)
こういう言葉を読むと、無執着に徹底しているなと思います。私は、一つの教えに出合い、感動すると、「これこそが真実だ。最上の真理だ。この教えを一生守りぬこう」と思いつめてしまうところがあるので、こういう言葉を読むと反省せざるを得ません。気をつけたいと思います。