*どこに魅かれているのか
最近、『雪の断章』を読み返してみた。時々、無性に読みたくなる本で、これまでに少なくとも五、六回は読んでると思う。今回もおもしろかった。
あらすじは、孤児の少女(倉折飛鳥)が、逆境にもめげず耐え抜き、ある男性と出会い、恋をして……というベタなものだけども、ヒロインの性格はすごく魅力的に描かれている。よくいえば凛としているといえるし、わるくいえば強情、意地っ張りということになるかもしれない。「自分は自分の人生を生きるぞ!」という気迫はものすごい。さらには物事を徹底的に考える思考力もある。だから主人公の内面告白を読んでるだけでおもしろい。自分もこのくらい真っ直ぐに生きたいとおもわせるものがある。自分にとってはこの辺りが、この小説の魅力かなあと思う。簡単にいえば、要するに、主人公が大好きということかな。


*ジェーン・エア
今回は、本作を読みつつ、『ジェーン・エア』のことが何度も思い出された。孤児が運命の男性と出会い、恋をして……というあらすじと、主人公の凛としている性格などには共通項があると思うので。
でも本作では、中途で推理小説みたいな展開があるし、背景に大企業の陰謀の影もちらついている。これは『ジェーン・エア』にはないところのように思う。


*名言
本作の中で、共感、感動できた部分を、忘れないように、抜き書きしてみたい。まずは、主人公の語りの部分から。

人はやはり勇気だけでは道を歩めない。
勇気を育てる愛と、愛をつつむ灯がなくてはならない。
(佐々木丸美『雪の断章』講談社、昭和52年、p.39)

涙にうるんだ瞳に射すくめられた。真剣になった人間は確かにまわりを威圧する、一種の気高さがある。
(同上、pp.65-66)

私は雪の声を聞いた。
裏切りがあるから信じ、崩れるから積むのでしょう、溶けるから降るように。
降ることも溶けることも自然の意思で行為は同じ。なぜ積むのが大切で崩れるのが哀しいの? 信じることよりも裏切ることの方がなぜいけないの? 同じ心から生まれたものに正しいとか正しくないとかってそれはどういう意味なの?
(同上、p.120)

他の人物から、主人公への言葉としては、こういうものもある。

親友だから絶対に噂にまどわされてはいけないなんて盲目的なものなら意味がないよ。考える時間と間違いに気がついて戻ってくる時間を与えてやらなくては本物にならないだろう。
(同上、p.107)

結果はどうあっっても真実であり自分に忠実であれば悔いは残らないと信じています。
(同上、p.185)

親友との対話にはこういうものもある。恋愛についての話だけども、それに限った話ではないように思う。

「勇気を出して打ち明けるといい、それでだめならあきらめるのが順序だわ」
「でもそれは大変な勇気でしょう。ヘタにひっかき回すより黙っていた方が賢明な場合だってある」
「だからこそ言わなくてはいけないのよ。一生の大事だものはっきり意思を述べるべきだと思う」
「告げてみたってどうにもならない時だってあるし」
「飛鳥、それはちがう。どうにもならないから話すの。見通しがあるのなら黙っていても道は開けるでしょう。素直に話し合って進むか引くかを決めるべきよ。勝手に事態を処理するのは軽率だしかえってこんがらかしてしまう」
(同上、p.136)

これ以外にも、思わず赤線を引きたくなる箇所はたくさんあったけど、抜書きはとりあえずこのあたりで終了。


*出会い
いつから佐々木丸美を読むようになったのかなあといろいろと考えてみると、どうも倉本由布の本が切っ掛けだったように思う。

3 好きな作家のこと
① 佐々木丸美さんの、『雪の断章』。この本の姉妹編とか、他の作品とか、みんな読んだけど、やっぱり、これが一番すき。
(倉本由布『天使のカノン6 初恋草紙』集英社[コバルト文庫]、1991年、p.223)

この文章で、佐々木丸美の名前を知り、期待して読んでみたら大当たりで、他の作品も読んだのだった。ちなみに自分も、小説としては『雪の断章』が一番いいと思う。中途の展開に唐突感を感じないでもないけど、全体のバランス、完成度、雰囲気は一番すきだ。


*他の作品
他の作品についても書くと、自分にとって特に印象的だったのは次のものだ。
まずは、もっともかなしくて、切なかったのは『花嫁人形』だ。あんまり切ないので、まだ一回しか読めてない。この本は、表紙を見ただけで泣けてくるから困る。
もっとも文体が凝っていて密度が濃いと思うのは『影の姉妹』だ。内容も神秘的かつ陰鬱なので、文体とぴったり合ってる。
『水に描かれた館』は、神秘的な傾向がもっとも強いと思う。著者は神秘的精神的なものに魅かれていたようだけど、それがかなりはっきり出てるのではないだろうか。
『罪灯』は粒ぞろいの作品が集められている。罪、生きることについて様々に考えさせられる。ただこの作品は、『崖の館』などを読んでないと分かり難いところはあるかもしれない。


*佐々木丸美ワールド
佐々木丸美の作品は、相互に関連し合って一つの世界をつくっている。だから、『雪の断章』『忘れな草』『花嫁人形』と、『崖の館』『水に描かれた館』『夢館』のあたりは早目に読んでおかないと、それ以降の作品は分かり難いのではないかと思う。
この辺りは魅力であると同時に、難点でもあるかもしれない。
とはいえ自分の場合はこういう仕掛けは大好きではある。だから、同様の仕掛けがある辻村深月、スティーヴン・キングもすきだ。本を読みながら、「あ、これはあの本にあったエピソードのことだな」とか思い出すのが楽しい。
ところで、佐々木丸美作品の読み順については、次のページ下段がとても参考になると思う。

● 佐々木丸美作品、読み順案内 ●
http://msneige.whitesnow.jp/sasakimarumi/chosakuandyomikatajun.html


*復刊運動
佐々木丸美の作品は絶版になっていたとのことで、自分は古書店や図書館を利用して読んでた。でも現在は、復刊運動に尽力された方々のおかげで、以前より容易に作品を手に取ることができるようになってる。しかも読めなくなっていたあとがきが再収録されていたり、表紙は従来通り味戸ケイコの画だったりと、いたれりつくせりだ。ありがたい。

● M's neige 佐々木丸美作品復刊運動&ファンサイト ●
http://msneige.whitesnow.jp/index.htm

よいものには必ず支持者が出てくるものだとは思うけれども、復刊運動のページを読むと、傍からは想像できないほど大変だったらしいことがうかがえる。本当にありがたいことだ。


*表紙
表紙に関して言うと、自分の中での一番は旧版の『花嫁人形』だ。これはもう一目見ただけで涙がこぼれる。そして本文を読んでからも、また泣く。


(旧)講談社版「花嫁人形」表紙(味戸ケイコさん画)

『雪の断章』については旧版よりも、復刊本の方がしっくりくる。

(旧)講談社版「雪の断章」表紙(味戸ケイコさん画)


(佐々木丸美コレクション1 雪の断章)

味戸ケイコさんの画を見ていると、かなしいけれども、やさしい心持ちになってくる。自分でいうのも何だけど、心が透明できれいになってくる感じがする。心が洗われるとはこのことだろうか。画を見てるだけでこんな風になるのは、なんだかすごく不思議だ。〈了〉