世の中には、さまざまな宗教がある。そのなかには、「本当にその通りだ」と共感できるものもある。
でも、そういう宗教であっても、よくよく調べてみると、やがて「ここはちょっとなあ…」という部分が見つかる。どうしても受け入れられない部分がでてくる。これでは信者になることはできない。
こうしてみると、既成宗教には自分にぴったり合うものはないのかなあと思えてくる。そうであれば、自分の宗教は、自分なりに手作りするしかなさそうだ。
話は飛ぶようだが、戦時中は物資が不足していたため、軍靴のサイズも少なかったという。だから、サイズの合わない軍靴を配給された兵隊さんには、「軍靴に足を合わせろ!」などと言うこともあったという。
これはずいぶんと馬鹿げているし、作り話のような気がしないでもない。でも実のところ、宗教界では、それと似たようなことが、今でも行われているのではあるまいか。
たとえば、熱心な信者ほど、自分の生活のすべてを、宗教に合わせようとするものだが、これぞまさに、「宗教に、自分を合わせろ!」ということである。これは宗教的に表現すれば、「神の教えに従え!」ということだろうが、その実際は、「宗教に自分を合わせろ!」とか、「教団の見解に、自分を合わせろ!」ということなのだから仕方がない。
とはいえ、現代は、個人、個性が尊重される時代である。今後も、この傾向は続くだろう。そうであれば、いつまでも「宗教に自分を合わせろ」という発想が通るわけもない。これからは、宗教教団が示した見解に従わなければならぬというのでなく、個々人それぞれが自分なりの宗教心を養い、己の信ずるところに従うというスタイルの信仰が増えていくだろうなあと思う。確固とした独自性と独立心をもち、考える力がある人ほど、そうなっていくにちがいない。〈了〉