一切は過ぎ去って行く
どんなに偉大なものも
どんなに大切なものも
すべては失われ、忘れられる
どんなに偉大なものも
どんなに大切なものも
すべては失われ、忘れられる
これは悲しく、淋しいことだけども
どうやら真実であるらしい…
また
この世にあるものはすべて
要素の結合でできていて
その結合は、いずれは緩み、解けて行く
自然から生まれたものは、自然に還る
人間も例外ではなく、死ねば分解されて自然に還る
要素の結合でできていて
その結合は、いずれは緩み、解けて行く
自然から生まれたものは、自然に還る
人間も例外ではなく、死ねば分解されて自然に還る
どうやらこれも真実らしい
でも、これらが真実であれば
亡くなった人とは、もう二度と会えないということだし
自分自身も消え去り、忘れられてしまうということだし
つらいなあと思う
自分自身も消え去り、忘れられてしまうということだし
つらいなあと思う
だから
ついつい
永遠なるものを空想してしまう
永遠なるものを空想してしまう
「魂は永遠だ
肉体は滅んでも
魂は永遠に生き続けるのだ」
というように…
肉体は滅んでも
魂は永遠に生き続けるのだ」
というように…
こうしてみると
宗教というものは
真実を受け入れず
拒否することからはじまる
のかなあと思う
真実を受け入れず
拒否することからはじまる
のかなあと思う
違う言い方をすると
もし、人が
一切はむなしく
無意味であることを受容できたら
宗教は生まれないということ
一切はむなしく
無意味であることを受容できたら
宗教は生まれないということ
別に、宗教を信じたっていいと思うけど
ただやみくもに信じるだけではなくて
こういう現実をきちんと分かった上で
信じられたらいいなあと思う。
こういう現実をきちんと分かった上で
信じられたらいいなあと思う。
tam
がしました