人の意見を聞くことは大事なことである
ただこれは量より質が重要のように思える

同意見をたくさん聞くのでなく
反対意見をよく理解することこそが寛容と思うのである

たとえば
保守的な人が、保守的な人の意見をたくさん聞いたとしても
それは人の意見を聞いたことになるかは微妙だ

でももし保守的な人が、サヨク的な人の意見を聞き
それに共感しないまでも、それを理解したならば
確かにそれは人の意見を聞いたと言える

また心霊主義者が、スピリチュアルな本をたくさん読んだとしても
それがさまざまな意見を学んだことになるかは微妙である

でももし心霊主義者が、唯物論や無神論などを学び
それを信じないにしても、その論旨を理解したならば
それは人の意見を学んだと言える

というわけで
巷には、異論反論に耳を傾けることもせずに
自分と同じタイプの人の意見を聞いたことをもって
自分は人の話をよく聞いていると言うこともあるようだけど
それはちょっと違うんじゃないかなあと思う。