『釈尊のさとり』を読んだ。講演録とのことで読みやすくてよかった。
多少の補筆修正はあるらしいが、やはり口述したものはわかりやすくてよい。

ところで著者によると、釈尊は、悪魔とは何かと問われた時に、
以下のように答えたと経典 (南伝・相応部経典、23の11、魔。漢訳、雑阿含経、6の14、魔) に書いてあるらしい。孫引きだけど、その部分をここにおいてみる。

「ラーダよ、色(肉体)は悪魔である。受(感覚)は悪魔である。想(表象)は悪魔である。行(意志)は悪魔である。識(意識)は悪魔である。
ラーダよ、そのように観じて、わたしの教えを聞いた聖なる弟子たちは、色を厭い離れ、受を厭い離れ、想を厭い離れ、行を厭い離れ、識を厭い離れる。厭い離れることによって、貪りを離れる。貪りを離れることによって、解脱するのである」  
(『釈尊のさとり』〈講談社学術文庫〉増谷文雄著、講談社、1996年、pp.62-63)

この部分について、著者は次のように解釈している。

ここにいうところの色・受・想・行・識というのは、人間を構成する肉体的・精神的なる五つの要素をあげたものであります。それを仏教では、古来から「五蘊」(五つの要素の意)と称して、人間はもともと五蘊の和合して成れるものだとするのであります。といたしますと、いま釈尊が、その五つをあげて、それらが悪魔であると仰せられているのは、とりもなおさず、人間の肉体と精神のまよい、それが悪魔であるといっておられるのであります。 
(同上、p.63)

これは五蘊仮和合による解釈なんだろうと思う。
それなら、「人間の肉体と精神のまよい、それが悪魔である」という解釈になるのも当然ではある。
ちなみに、五蘊仮和合については、この記事が分かりやすり。

・五蘊仮和合|宇宙のこっくり亭

また著者は、上の文章に続いて、さらに踏み込んで次のように結論付けている。

さらにいうなれば、その悪魔なるものは、この外界に跳梁する非人間的存在としての悪魔をいうのではなくして、ただ人間の心理を描写するために、神話的文学形式として悪魔なる表現を利用しているにすぎないのであります。 
(同上、p.63)

どうも著者の考えは、悪魔なる存在があるというのではなく、
人のまよいのことを悪魔と表現しているのにすぎないということらしい。
悪意を持って、人をたぶらかし、地獄に引きずり込むという
超自然的な存在としての悪魔について説いているのではないと…。

これはどうなんだろう?
上にある部分についていえば、
確かに、「人間の肉体と精神のまよい、それが悪魔である」と説いているようである。
この部分については、これ以外の解釈はなさそうではある。

でも、だからといって、
経典の他の部分についても、すべてこれと同じ解釈が成立しうるだろうか。
経典のなかで、悪魔について語っている部分はすべて、
人間の心理を神話的文学形式で表現したものだと断言できるのだろうか。ここは疑問である。

ただ著者は、こうも書いている。

初期の仏教経典には、よく梵天説話や悪魔説話がでてまいります。だがそれらは、単なる神話ではございません。それらは、初期の経典の編纂されたころに、よく用いられた一つの心理描写のための文学形式であります。  
(同上、p.61)

これによると、悪魔、または梵天を用いた表現形式は、
初期の経典の成立したころには、かなり一般的なものだったということらしい。

とすれば、
悪魔は現実の存在ではなく、心理描写の一つに過ぎないという解釈は、
上にあげられた部分に限定されるものではなく、初期の経典全般について言えるということになりそうだ。

著者は続けて書いている。

たとえば、釈尊の心中において、すぐれた思想が生れ、すぐれた所信が成立したという場合には、それがしばしば梵天説話をもって描写されているのであります。
それに反して、釈尊やその弟子の心のなかに、なんぞ疑惑やまどいなどが生じたという時には、それを描くにしばしば悪魔説話なる文学形式をもってしているのであります。 
(同上、p.62)

「しばしば」という言葉からすると、
初期の経典に記されている梵天、悪魔の話は、
その多くは心理描写の一形式にすぎず、
そういうことが現実にあったということではないということらしい。

悪魔が現実に存在するかどうかは、確認しようがないことではある。
ただ著者の意見からすると、
悪魔の存在の根拠として、仏教経典にそのことが明記されているとか、
釈尊がそれを説いたなどと主張するのは無理があるようである。

換言すると、
悪魔それから梵天などの存在を信じるのは自由であるが、
その存在証明として、仏教経典や、釈尊のことばを用いるのは無理だということ。
初期の経典を読むと、釈尊はリアリストのようでもあるし、これも当然のことなのかなと思う。 〈了〉