ブログ、ツイッターなどを見ていると、あちこちで、宗教上の議論が行われている。
それらを見ていると、「自分は分かってる」「自分は知ってる」とでも言いたげな人は、案外に多いようだ。
と言いつつも、実はかくいう私自身もそうなのだから情けない。とほほ。
特に、とある新興宗教を信じていたときはひどかった。
「自分は神を知った」「自分は真理を知った」というように思い込んでいたのだった。
これは裏返してみれば、こんな風にもなった。
「彼は神の何たるかが分かってない」
「彼は真理を分かってない」
「彼は真理を分かってない」
さらには次のように変化もした。
「彼に神の何たるかを教えてあげよう」
「彼に真理を教えて、導いてあげよう」
「彼に真理を教えて、導いてあげよう」
こういうことは、今にして思えば傲慢にもほどがあるし、恥ずかしくてたまらない。
できれば、知らんふりして黙っていたいことではあるが、事実は事実であるのだから仕方がない。
大概の宗教には、「高慢はいけない。謙虚であれ」「神も、真理も、容易には知ることはできないものである」というような戒めはあるとは思う。
でもその一方で、宗教には人を選別し、選民思想を植え付けるものもある。
「善人は天国に、悪人は地獄に堕ちる」
「選ばれた者だけが、この真実の宗教を信じることができる」
「宗教は正邪、善悪を分ける基準を教えるものである」
「この教えによって、神とは何か、真理とは何かを知ることができるのだ」などなど。
宗教を信じることで、かえって人が悪くなるというのは、この辺りに原因があるのかもしれない。自分は調子に乗りやすいところがあるので、気を付けたいと思う。 〈了〉
「事実は事実なので」って、認めて書ける自由さんが凄いです∑(゚Д゚) 反省?悔い改め?己(自分)を見詰める作業ですよね…。最近の私のテーマでもあります(⌒-⌒; ) なので、自由さんの記事が刺さりました(苦笑)
自分自身の見たくないところに光を当ててみるのは、中々私には困難です( ; ; )でも、必要だから、今、そうなってるのだから、頑張って励みたいと思います!p(^_^)q
最近、私自身が傲慢で横柄で自分的に「もうアカーン!!!( ; ; )何やねんもう!ツッコミどころ満載ー!!」だったので、自由さんの今回の記事助かりました!有り難う御座います!!m(_ _)m
宗教って、諸刃の剣ですね( ; ; )気をつけよう、うん。常に己を振り返る必要がありますね。
有り難う御座いました!(*≧∀≦*)
感謝合掌m(_ _)m
(とっ散らかり文スミマセン!(>人<;))
tam
がしました