漱石全集〈第18巻〉漢詩文
 詩篇についての記事を書いていたら、なんとなしに漱石の漢詩を思い出したので、見返してみたけど、やっぱりこの雰囲気はすきだ。
高刹聳天無一物
伽藍半破長松鬱
当年遺跡有誰探
蛛網何心床古仏

高刹 天に聳えて 一物無く
伽藍 半ば破れて 長松鬱たり
当年の遺跡 誰有りてか探らん
蛛網 何の心ぞ 古仏を床とす
(『漱石全集 第十八巻』夏目漱石、岩波書店、1995年、p.99) *注1
 「草枕」の序盤には、恋だ、仇だ、正義だなんだという感情過多の騒がしい人の世から抜け出して、非人情の世界に行こうという話がでているけれども、こういう詩をみると、なるほどその意味がわかるような気がしてくる。
 「草枕」の主人公と同じく、自分も一応は人であり、それゆえに人情を完全には捨てられず、非人情の世界に定住することはできないのではあるが、俗世間で塵芥にむせる暮らしをしていると、せめて余暇の一時くらいは非人情の世界に逍遥を楽しみたくもなるし、この意味で漢詩は実にいい。もっとも漱石は日本語はもちろん英語も漢文も、評論も創作も、詩も散文もできる天才だけども、自分はそうではないので漱石の文を深くは読めず、その雰囲気に浸り、いい気持ちになるだけではあるが…。


*注1 書籍では原文の下に読み下し文を付しているが、ここでは改行し両者はわけて提示した。