*理解できるところ、できないところ
与国氏の動画を見たが、お守り等を乱暴に扱ってはならないというのはその通りだと思えた。ここは正論だ。しれっとHS映画の宣伝をしているところはおもしろかった(笑)。
ただ宏洋氏は以前の動画で、HSにはダメ出ししても、伝統宗教などには一定の敬意を表していた。今回の「正心法語めんこ」でも、HS、ORは否定しても、他宗教の経典、お守りなどを持ち出してどうこうしているわけではない。
この点からすると、HSの経典、お守りなどを批判しているのに対して、神道ではどうこう言っても仕方ないようには思う。
与国氏の動画を見たが、お守り等を乱暴に扱ってはならないというのはその通りだと思えた。ここは正論だ。しれっとHS映画の宣伝をしているところはおもしろかった(笑)。
ただ宏洋氏は以前の動画で、HSにはダメ出ししても、伝統宗教などには一定の敬意を表していた。今回の「正心法語めんこ」でも、HS、ORは否定しても、他宗教の経典、お守りなどを持ち出してどうこうしているわけではない。
この点からすると、HSの経典、お守りなどを批判しているのに対して、神道ではどうこう言っても仕方ないようには思う。
・宏洋さん、お神札でめんこ、ダメ、ゼッタイ!【宏洋氏に物申すシリーズ24】
*コメント
自分は上のような考え方をしているので、動画についたコメントではこの方の意見に共感した。
*コメント
自分は上のような考え方をしているので、動画についたコメントではこの方の意見に共感した。
宏洋さんは、神を信じてないんじゃなくて、隆法さんを信じてないんじゃないですか?HS信者は、HS批判に対して宗教を否定するなと言ったり、OR批判に対して神を冒涜するなと言ったりすることが少なくないし、今回は宏洋氏がHSのお守りを踏みつけたら、与国氏は神社のお守りの話をしている。
他の神を例に出すより、隆法さんの成功例というか、人を救った例で伝えた方が良いんじゃないですか?
これはわざと話をずらしているわけではなく、無意識のうちについそうなってしまっているのだろうけれども、HS側には、HSを否定したからといって宗教全体を否定したわけではないこと、天上の神を信じるのと地上のORは神だと信じるのは別であること、HSのお守りの話と、神社のお守りの話はいっしょくたにはできないということは承知してほしいと思う。
*HSの祈願
HSの祈願については、いろいろな噂を聞くので、公式ページを見てみた。
*HSの祈願
HSの祈願については、いろいろな噂を聞くので、公式ページを見てみた。
ボケ封じ強力祈願
営業の達人祈願
左翼貧乏神を追い出すための祈り
生き霊返し・病念撃退祈願
風邪撃退祈願
花粉症好転祈願
花粉症対策・強力ヒーリング祈願
感染症撃退祈願
感染症予防祈願
強力・病気平癒祈願
健康祈願
神経を伸ばすための祈り
天才児養成祈願
営業の達人祈願
左翼貧乏神を追い出すための祈り
生き霊返し・病念撃退祈願
風邪撃退祈願
花粉症好転祈願
花粉症対策・強力ヒーリング祈願
感染症撃退祈願
感染症予防祈願
強力・病気平癒祈願
健康祈願
神経を伸ばすための祈り
天才児養成祈願
噂に聞いた、英語ベラベラ祈願、株価倍増祈願は見当たらなかったけれども、そういうものがありそうな雰囲気は感じられなくもない。
また、ざっとみれば、祈願をやたらと細分化してあることにすぐに気づかされる。健康祈願か、病気平癒祈願があれば済みそうなのに、花粉症、風邪など細かく分けているのはなぜだろう。
なんといったらいいか、こういうところを見ると、HSの祈願は、普通の神社のそれとは大分ちがっているようであるし、そうであれば両者は同列に論じられるものではなかろうし、HSの祈願に対する批判に対して、普通の神社の祈願の話を持ち出しても仕方ないように思える。
*冒涜行為の是非
自分はHS退会者であるが、会員だったころは、仏陀(大川隆法)を疑ったり、悪く言ったりしたら地獄に堕ちると信じていた。だから、大川隆法について疑問に思うことがあっても、それを口に出すのは気がひけたし、怖くもあった。
でも、2ちゃんねる等で、大川隆法のことをボロクソに書いているのを読み、上のような恐怖心は段々と薄れて行った。「こんなにボロクソ言ってても、この人たちは何の反作用も受けてないようだ。みんな元気に発言している。大川隆法を悪く言ったら、死後に地獄に堕ちるどころか、その瞬間、雷に打たれて死ぬということもあり得そうに思っていたけど、どうもそんなことはなさそうだ」などと思ったのだった。
今にして思えば、我ながらずいぶんバカなことを考えてたもんだと思うけれども、大川隆法を疑ってはいけないという強迫観念から自由になれたのは、仏陀(大川隆法)に対する冒涜発言を繰り返していたアンチさんらのおかげであることは確かだ。
人がまじめに信じているものを貶すのはよくないことではある。ただ自分は上の経験から、冒涜行為には信仰者の心を傷つけるというよくない面はあろうが、マインドコントロールに亀裂を入れ、恐怖心を取り除くというよい効果もないとはいえず、そのすべてを否定することは難しいようにも思う。
*愛の不足
冒涜行為について、自分は大体、以上のような考え方をしているので、宏洋氏のそれについても頭ごなしに否定することはできないのではあるが、ただそういう立場の自分であっても正直に言えば、宏洋氏の行為は行きすぎだと感じないではいられない。正当な批判というよりは、あまりに挑発的に過ぎる。いくらなんでもやりすぎだ。
ただ自分の場合は自分の意志でHSに入会し、退会したのであるが、宏洋氏の場合は自分の意志で入会したわけではない二世信者である。しかも教祖の長男で、幼い頃から大変厳しく教育されたようであるし、HSから受けた圧迫は想像を絶するものだっただろう。たとえば子供部屋に監視カメラがあったり、いつも見えない存在(悪霊、悪魔)から狙われていると思わされていたとすれば、宏洋氏があそこまでするのも理由がないわけではないのかもしれない。
HS側からしたら、宏洋氏は最高の環境で育ててもらっておきながら何をするか! という思いを止めるわけにはいかなかろうが、宏洋氏からすれば今まで積もりに積もったものがあり、過去から解放されるためには、どうしてもそうせざるを得ないものがあるのかもしれない。
HS側は宏洋氏のことをやたらと責めたり、奇行うんぬんというけれども、奇行というものは原因が分からないからそう見えるのであって、原因が分かればそれはもう奇行ではなくなり、当然の結果になるものである。
「知の原理」にあるアランの譬え話からすれば、HSが宏洋氏の奇行がどうこうというのは、ようするにピンが何かを分かっていないことを告白しているのと同じことであるし、ピンが何かが分からないということは宏洋氏の身になって考えていないということであるし、それはつまり愛が不足しているということだろう。自分はこんな風に考えるので、HSは宏洋批判をする前に、先ずは自らの知と愛の在り方について省みる必要はあると思う。もし四正道が正しいのであれば、これを経ずして宏洋氏との問題解決も、HSの発展もないのではなかろうか。
冒涜行為について、自分は大体、以上のような考え方をしているので、宏洋氏のそれについても頭ごなしに否定することはできないのではあるが、ただそういう立場の自分であっても正直に言えば、宏洋氏の行為は行きすぎだと感じないではいられない。正当な批判というよりは、あまりに挑発的に過ぎる。いくらなんでもやりすぎだ。
ただ自分の場合は自分の意志でHSに入会し、退会したのであるが、宏洋氏の場合は自分の意志で入会したわけではない二世信者である。しかも教祖の長男で、幼い頃から大変厳しく教育されたようであるし、HSから受けた圧迫は想像を絶するものだっただろう。たとえば子供部屋に監視カメラがあったり、いつも見えない存在(悪霊、悪魔)から狙われていると思わされていたとすれば、宏洋氏があそこまでするのも理由がないわけではないのかもしれない。
HS側からしたら、宏洋氏は最高の環境で育ててもらっておきながら何をするか! という思いを止めるわけにはいかなかろうが、宏洋氏からすれば今まで積もりに積もったものがあり、過去から解放されるためには、どうしてもそうせざるを得ないものがあるのかもしれない。
HS側は宏洋氏のことをやたらと責めたり、奇行うんぬんというけれども、奇行というものは原因が分からないからそう見えるのであって、原因が分かればそれはもう奇行ではなくなり、当然の結果になるものである。
「知の原理」にあるアランの譬え話からすれば、HSが宏洋氏の奇行がどうこうというのは、ようするにピンが何かを分かっていないことを告白しているのと同じことであるし、ピンが何かが分からないということは宏洋氏の身になって考えていないということであるし、それはつまり愛が不足しているということだろう。自分はこんな風に考えるので、HSは宏洋批判をする前に、先ずは自らの知と愛の在り方について省みる必要はあると思う。もし四正道が正しいのであれば、これを経ずして宏洋氏との問題解決も、HSの発展もないのではなかろうか。
*相手と向き合う
与国氏の動画では、宏洋氏が悪霊調伏のお守りを叩き付け、踏みつけたことについて失笑するかのような箇所があった。さも宏洋氏の背後に悪霊悪魔がいて、それが悪霊調伏のお守りを踏みつけているとでも言いたそうな雰囲気であった。これはHSの悪いところだと思う。
HSでは、自分の本音を話しても、それをそのまま受け取ってもらえないことがある。「それは本当にあなたの考えですか。言わされているだけではありませんか」という風に、憑依霊に操られ、言わされていると解釈されてしまうことがある。OR、HSに対する批判は、特にそのように解釈されることが多く、まともに受け取ってもらえない。
想像するに、宏洋氏は物心ついた頃からそういう経験を多くしてきたのではあるまいか。自分の気持ちを正直に話しても、それをそのまま受け取ってもらえない、ORを賛美すること以外は、悪霊にそそのかされ、言わされてるだけで本心ではないと決めつけられる…という環境に十年、二十年と閉じ込められてきたなら、何で分かってくれないんだ、なんで話を聞いてくれないんだと荒れるのも仕方ないのではあるまいか。
ちなみに霊言にもこれと同じ構図がある。教団内では、霊言で語られたことは、本人の本音とされて、本人が自分はそんなことは考えていないと抗弁したとしてもそれは信じてもらえない。霊言内容と現実との間に矛盾が大きすぎれば、霊が霊言で嘘をついたとされることもあるが、基本的には霊言こそが本人の本音であるとされて、本人の声はさほど尊重されない。
HSの問題点は、こんな風に意見の異なる他者の存在を認めないところにある。本心に目覚めた者はHSに賛成する、賛成しないのは悪霊に惑わされ、本来の自分自身を見失っているだけだと決めつけてしまっては、自分たちとは異なる他者の存在を認め、異論に対して真摯に耳を傾けることはできず、それがために自己を客観視して、自己改革を志すこともできなくなっている。HSに自浄作用が働かず、カルト視される一因はこういうところにもあるのだろうし、早期に改善した方がいいと思う。
*霊的な効果
私が会員だった頃には、大川隆法の前に立つと後ろに倒れる人がいるという話があった。大川隆法はすさまじい光を放っているから、悪霊はすぐに逃げ出す、だから悪霊に憑かれている人が、大川隆法の前に行くと、逃げ出す悪霊に引っ張られる形になって後ろに倒れるというのだ。だから、大川隆法の講演会に行くときは、「後ろに倒れないように気をつけないとね」というような冗談を言ったりしていた。
また『正心法語』からは光が出ているから、枕元に置いて寝ると悪霊は近付けず、金縛りにも遭わないとされていた。枕元だけでなく、布団の四隅に配置しておくと、さらに万全とも。
ところが、最近のHSでは、宏洋氏には魔が憑いているとしているようだけども、その宏洋氏は平気で『正心法語』を手に持ち、床にたたきつけたりしている。ドラキュラは十字架に触れる事は出来ず、逃げるけれども、宏洋氏は『正心法語』に触れても、手に火傷を負ったり、もがき苦しむことはないようだ。悪霊調伏のお守りについても同様だ。それを怖がることもなく、嬉々として放り投げたり、分解したりしている。
このことから、HSのお守りも、『正心法語』も、何らの霊的効果もないことが分かる。もしそれらに何らかの効果があるとしたら、HSを信じている者に対する暗示効果くらいだろう。大川隆法も、エルカンターレも気にしない者にとっては、ただのモノであり、小冊子でしかない。
長く信者でいると、『正心法語』や『正心宝』を身につけてないと、悪霊に対する防備がなく、敵がうようよいる戦場で鎧も武器もなしに丸裸でいるような不安を感じるようになってしまうこともあるだろうけれども、そういう人はこれを機会に、自分の信仰の在り方をいろいろと見直してみてもいいのではないかと思う。HSの教えは、真実と方便、心の教えと迷信という具合にさまざまな要素が入り混じっているし、ここはよく見極める必要がある。