本書には、中学生の姉と小学生の弟を主人公にした四つの物語が収録されている。いずれの物語も姉弟がひょんなことからオーラ、カルマ、前世、呪いといったことを信じ込んでしまい、大きなトラブルに発展しそうになるが、賢明な叔父がそれらは科学的根拠のないデタラメにすぎず、信じたり、惑わされたりしてはいけないことを説き、事を収めるという展開になっており、テーマは明確である。要は「スピリチュアルには騙されるな!」ということ。
お話として見た場合、これら四編の物語は、テーマも展開も単純であり、ありふれたものではあるが、それだけに自分にとっては耳に痛く、切ないものがある。恥ずかしながら自分は、過去に新興宗教にハマってしまったことがあるのだ。しかも周囲の人から「カルトは止めた方がいい」と注意されても聞き入れないどころか、そういう人たちのことを霊性が低いので、この宗教が本物であることが分からないのだと見下していたのだった。物語の主人公である姉弟は、叔父の注意を素直に聞いているが、自分はそれができなかったわけである。
カルトというものは、大抵の場合、一般目線でみればひと目でデタラメ、おかしい、あやしいと分かるくらいバカバカしいものである。でも自分の経験からすると、何かの拍子にそれが分からなくなってしまい、傍から見れば明らかな嘘であり、デタラメであるにもかかわらず、「本当かも…」と思ってしまうことがあるのだ。そして次には、「これこそ真実だ。自分はこの真実と出会うために生まれてきたのだ」と涙を流して感動するようになり、ここまでくるともう周囲の注意に耳を傾けるのは難しくなる。
本書の姉弟は、「本当かも…」という程度か、それを少し過ぎたあたりで、叔父の注意を聞いて引き返せているが、もし「これが真実だ!」と強い確信を持つ段階にまで進んでいたら、おそらくは自分のようにそう簡単には引き返せず、やっかいなことになっていただろう。病気は早期発見、早期治療が大事だというけれども、これはカルト問題についてもいえることなのだ。
スピリチュアルなことを信じつつも、幸せに暮らしている人はたくさんいるし、それからすればスピリチュアルは必ずしも悪ではなく、不幸を生むものでもないのだろう。でも場合によっては、カルトの入口であることもあるし、ここは注意が必要であると思う。