*ブロック宣言
田中氏は、アンチとの対話を試みたいとしてツイッターに登場したのだったが、ここにきて方針転換したようだ。
*基本教義論争
ちなみに、田中氏とアンチとの間では、直近では、基本教義論争があった。
その内容は、大雑把に言えばこういうものだ。
・田中氏「アンチに問う。幸福の科学の基本教義とは何ですか」
・アンチ「正しき心の探究、四正道だろう」
・田中氏「間違いです」
・アンチ「えぇっ! 月刊誌でもそう書いてるぞ。月刊誌は間違いなのか」
・田中氏「……」(無回答)
*発端
参考資料として、基本教義論争の発端を示すと、これである。
これは田中氏なりの何らかの目論見があっての発言だったかもしれないが、どういう意図があったにしろ、正しき心の探究や四正道は基本教義ではないとするのは無茶だったろうと思う。
*よくあるパターン
傍から見ての感想だけども、アンチ批判を試みる信者は、大概の場合、次のパターンにハマってる。
・ものすごい勢いでアンチに物申すものの、アンチから反論がよせられ論争に発展すると、逃げ出してしまう。
・逃げた後は、信者仲間の間で、「自分は少しも悪くない。すべてアンチが悪い」という風に、アンチの悪口をいってまわる。
どうやら田中氏も、このパターンに落ちてしまったようだ。残念。
*分かれ道
私見ながら、上のパターンに落ちるかどうかの分かれ道は、間違いを認めるか認めないかにある。
基本教義論争を例にするなら、正しき心の探究や四正道は基本教義でないといってしまったとしても、その間違いを素直に認めるなら、逃げ隠れする必要はなくなるし、そういうケジメをつけて以降も、いちゃもんをつけてくる者に対してはスルーブロック対応をしても止むを得ないことになるが、もし間違いを認めないなら、批判非難が殺到し続け、逃げ出すしかなくなるし、逃げ出すということは言いたいことも言えないということだから、後から恨み言(悪口)を言わないではいられなくなるという寸法である。
アンチ批判に熱心な信者は、アンチは悪という思い込みが強いせいか、暴言や事実誤認が多いにもかかわらず、自らの間違いを認めることができない人ばかりなので、次から次へと後者の道を選択しがちなので気の毒なことである。
上から目線になって恐縮だが、アンチ批判を決行する信者は、この点よくよく注意した方がいいと思う。