*初対面
和辻哲郎の対談集を見ていたら、面白い話があったのでメモしておきたい。なんでも内田百聞は、夏目漱石との初対面の際、ズボン下が袴から出ないようにたくし上げておいたら、次のような次第となったそうだ。
さよならをして起ち上がったところが、足がどうなっているか分からないのです。隣に、控えの間があって、そこに看護婦がおって、長火鉢があったように思うのですが、少しずつそこまで行ったが、とうとう尻もちをついちゃった(笑)。仕方がないから足をさすって、つまり無理にたくし上げたズボン下の所為なのです、だからそのズボン下を下へ降ろしたりしておったら、先生がいつの間にかうしろに来て立っているのです(笑)。「しびれたかね」と云いました。ほうほうの体で帰って来た。それが初対面です。(『和辻哲郎座談』〈中公文庫〉和辻哲郎著、中央公論新社、2020年、p.342)
こういう失敗は、その時は恥ずかしくて、顔が火照って仕方がないだろうが、時間が経つうちに上のように良い思い出になるものである。想像するに漱石も愉快だったのではあるまいか。『猫』の執筆中にこんなことがあったら、さっそく作中に取り入れそうでもある。
漱石には気難しい人のようではあるけれども、その周囲にはこういうほのぼのした面白い話も多いので楽しい。たぶんそれだけ漱石の器が大きいということなのだろう。